いい日和だった。
僕は友人の田上を連れて電車に乗った。どこに行きたいという訳ではないけど、こんな日にじっとしているのがもったいない気がしたのだ。
座席にふたり並んで座っていると、雰囲気でお互いに何を考えてるかわかった。
すなわち、「ここに一緒にいるのがコイツじゃなければ…あぁ、彼女ほしい…」。
しかし、口に出してもお互いむなしくなるだけだということは充分わかってたから、あえて口にしなかった。
とはいえ、こんな天気のいい日に電車のなかで、ちらちらと相手の様子をうかがって何もしゃべらない男子高校生ふたり組み、なんていう設定は、ひょっとして他人から見ればアヤシイ関係に見えるんじゃないか?
そういうわけで僕は何か話題を探しはじめた。いつもいつも学校で一緒のこいつと一体何をしゃべればいいんだ?
「いい天気だな」と言ってみたところで「そうだな」とかえされて終わりになりそうだ。だいたいわざわざ話題にすることじゃない。
何かいいネタないかな、と車内を見まわしてみる。
天気のせいで結構多くいた乗客も、さっき止まった駅でほとんど降りていた。
残っている客もマンガや新聞を読んでいるくらいでたいした特徴もない。
つまんねぇな…と思ったその時だった。
僕はチラッと目をやったその先に、居眠りをしている若い女性を見つけた。
「あれ?」
「ん?」
田上が、どうかしたのか?と横で首をかしげる。
「あ、いや、あの人さぁ、ずっとあそこにいないか?」
「そういやそうかもな。でもたいしたことじゃないだろ?」
「まぁそうだけど…ずっと眠ったままだぞ?変じゃないか?」
「あ、そういや、もう主要な駅は八つぐらい過ぎてるな。」
僕達は今日、行けるところまで行ってみようなどと終点までの切符を買っていた。この電車は終点まで行くととんでもない田舎町につくらしい。
「僕らが乗ったときは、あの人もういたぞ、っていうかずっと寝たままだ。」
「乗り越してるんじゃないか?」
「これからどんどん田舎のほう行くぞ。起こしてやったほうがいいんじゃないか?」
「いや、でも…」
「そうだなぁ……ま、いっか。ほっとこ。」
「そのほうがいいと思う。」
しかし、終点まであと三駅というところになってもその人は起きなかった。
電車の窓に映るのは見渡す限りの田んぼと畑だった。
車内には僕らとその人以外、誰もいない。
僕はふと気づいた。
「なぁ。あの人やっぱり変じゃないか?」
「そうだなぁ、やっぱり起こしてやったほうがいいよなぁ。」
「いや、そうじゃなくて…」
「何だよ。」
「あの人…ずっと動かないんだよ。ピクリとも…」
田上の表情が変わる。
「ま、まさか…冗談だろ?」
「おまえも見てたはずだ。……やばいぞ、あの人…」
「し、死んでるってのか?」
そう言えば彼女の顔は真っ白だった。まるで死人のように―。
電車はゆっくりと進んだ。
「やっぱり、車掌さん呼んだほうがいいんじゃないか?」
「そうだな。じゃあ僕が行ってくる。」
「えぇえ?おれひとりかよ。」
「一緒に行くか?死体の前通らなきゃならないぞ。」
「ひとりにされるよりましだ。」
「田上…おまえ、怖がりだったのか…。」
「そうだよ。悪いか?」
――田上は開き直っていた。
「んじゃ、行くぞ。」
「お、おう。」
おそるおそるその死体の前を通ろうとしたときだった。
『太田ぁ、太田です。』
車内アナウンスが響き渡った。終点のひとつ前の駅に着いたのだ。
「うわぁ」
田上が小さな悲鳴を上げる。
「落ち着けよ、アナウンスぐらいで…」
「ばか、ちげーよ。」
「え?」
死体が目をあけていた。
「……」
死体はそのまま、たった今開いたドアをくぐるとさっさと太田駅の改札を出ていってしまった。呆然と立ち尽くす僕らを尻目に。
「おねえさん。化粧、濃いよ………?」
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