久しぶりに足音を聞いた。
わかる。十五・六の子供だ。
「帰れ」
わかる。言った瞬間、少年の顔がこわばった。
「ここはおまえみたいなやつがくるところじゃない」
「もう…いるところがないんだ」
俺は数ヶ月ぶりに顔をあげた。
その声は、少年が出すにしてはあまりにはかなげなものだったから。
少年は微かに笑みを浮かべていた。
「ここがどこだかわかってるのか?」
「わかってる」
ここはあの世とこの世をつなぐ門。
むこうの世界はどうなっているのかなんて俺も知らない。
死ななきゃここは通れないから。
それに俺はここを離れることができないから。
「帰れ。生きた人間はここを通れない」
「じゃあ…」
少年は微笑みをはっきりとした笑みにかえて言った。
「あなたがぼくを殺してくださいよ」
「俺は何もせん。死にたきゃかってにやれ」
俺は持っていたナイフを少年に放った。
それは地面にぶつかって、カラン、と音を立てた。
少年はナイフを拾い上げ、笑顔で言った。
「ありがとう」
少年はしばらくナイフを見つめていた。
やはりとまどいがあるのか、と俺は思った。
「ねぇ…どこが確実だと思う?」
意外なことばだった。
「さぁな」
「やっぱり首かな。心臓とかだと位置がずれるかもしれないし」
「……」
「切り落とすくらいやれば死ねるよね」
少年はおかしいくらいの笑顔で言った。
「じゃあね、お兄さん。ありがとう。さよなら」
そう言って少年はナイフを首に当てる。
ナイフはとてもよく切れた。
音もなく、少年の首を通り抜ける。
数秒後、少年の頭は体をはなれ、うつろな瞳をした生首が少年の足下に転がった。
「あれ?」
首が言った。
「お兄さん、なんかぼく死んでないみたいなんだけど」
脳天気な声だった。
「ああ。生きてるっていうのとはちょっと違いそうだがな」
「どうしよう? このままはちょっとつらいよね?」
「なにが?」
「いろいろと」
「…そうかもな」
俺は適当に答えた。
本当は知っていた。
この門の前では、死にたい人間がなにをやっても死ぬことはない。
それどころじゃない。
この門は人の望みをなにひとつ叶えたりはしないんだ。
ここから離れたいと思い続ける限り離れられない俺を見ればわかるように。
だが、四千年もこうしていると、たまには神様が扉の向こう側からしゃれたことしてくれるもんだ。
俺はこうして首と胴体の離れた自殺志願者という奇妙な話し相手を得ることができた。
今日も少年は自分の首を小脇に抱えながら俺にたずねる。
「ねぇどうやったら死ねると思います?」
「…さぁな」
コメントを残す