「おかしいよなぁ」
学校の帰り道、また、俺の隣にいるヤツがつぶやく。
つきあいも10年以上になるが、俺は未だにこいつのことがよくわからん。
家が隣ということもあって、体が弱いらしいこいつのことをその母親に頼まれ、俺はガキの頃から毎日こいつと一緒に学校へ行っている。
しかし、こいつの一体どこが「体が弱い」んだか。
こいつがうちの隣に引っ越してきたのは俺が幼稚園を卒業した後だから、それまでのことはどうだか知らないが、俺とともに同じ小学校へ入学し、高校へ通う今の今まで、こいつが病気で学校を休んだことはない。
インフルエンザが流行って、学級閉鎖になろうが、学校閉鎖になろうが、こいつは元気だった。…少なくとも俺よりは。
それなのにどうしてこいつんとこのおばさんは「体が弱い」と思いこんでいるんだろう。
理由は見当が付く。ただ、こいつの頭が異常に良かっただけだ。
こいつは、一度たりとも徒歩の遠足やマラソン大会などに参加したことがない。
親に「うちの子は体が弱いんです」といわせておけば、行事不参加もとがめられはしないだろう。そのために、こいつは親や教師の前では「体が弱い」ふりをしているんだ。
俺は一度だけこいつに「何で遠足行かないの」と聞いたことがある。
こいつは答えた。「んなことしたら疲れるだろー」
それが小学2年の時だった。
「やっぱり変だよなぁ」
「おまえのほうがよっぽど変だ」
とりあえず軽く流してみた。
俺のわずかな抵抗だった。
「いや、そりゃわかってるけどさ…なぁ変だと思わないか」
やはり聞いてやらなきゃならないのか…。
相手にしたくはない。
疲れるんだよ、おまえといると。
最近のこいつの趣味は、社会やらの定説に異論を唱えることらしい。
とはいえ、こいつの言ってる意味が俺にはわからんし、もうわかろうとする気力もなくなってきていた。ただ、「はやくうちへ帰りたい」。そういう気持ちで適当な相づちをうち続けるだけだ。
ため息混じりであることを気付かれないように気をつけながら、結局俺は口にする。
…憂鬱な時間の始まりを告げるこのセリフを。
「何が」
かくして、俺の恐怖の時間は始まった。
「宇宙人」
頭のなかで、「はーいみなっさーん。今日の議題は宇宙人についてでーす」と言ってみた。
…って宇宙人?
宇宙人って言ったのか、こいつ。
「宇宙人が何?変だってか。だからどうしたんだよ」
ちょっと腹が立ってきた。今日は宇宙人話かよ…冗談じゃねぇ。
いるかどうかすらわからんくせにうだうだぬかしてんじゃねぇよ。くだらねぇ。
「いや、宇宙人じゃなくて宇宙人についての考えかたが変だって言ってんの」
「…あ?」
やはりこいつの言うことはいちいち意味がわからない。
「今の宇宙人説は間違ってる」
「……」
そんなことを、大まじめな顔で言われて俺はどうすればいいんだよ…。
っていうかおまえ見たんか?
「宇宙にはたくさんの星がある。生命が生まれないものもあれば、俺らとはまったく異なった生命体が生まれることもあるだろうな。例えば、かの有名なリトルグレイだとかさ」
「あぁ…」
俺は考えることをやめた。
こいつにつきあっててもいいことなんてねぇ。
いつものように受け流せばいいんだ。
「まず、宇宙人…異星人って言ったほうがいいか、まぁどっちでもいいや。宇宙人だとか異星人って言うと生まれてくる発想が、そいつらが人間に危害を加えようとしているとか、侵略しようとしてるってもんだ。ここがまずおかしいよな」
「そうだな」
よし。俺は頭の中でつぶやいた。今のタイミングは最高だ。これならやつも俺が話を聞いてないなんて思うまい。
「俺ら人間がほかの星で結構高度に発展した生命体見つけたとして、いきなり滅ぼそうとか思うんだかな?」
「さぁな」
「殺さないように実験するくらいはしかたないのかもしれねぇよ。俺らにはわからんけど、おとなしそうに見えても凶暴だったりするかもしれねぇって、闘争心 計るもんとかそいつら持ってるかもしれんだろ。でも侵略だとかそこまですんのかな?結局人間の発想ってのは行き過ぎなんだよ。マスコミにおどらされて、も しやつらが友好条約持ってきてたとしても、敵対心や恐怖しかない俺らにはわからんだろうな」
「あぁ、そうだな」
言いたいことはわかる気がする。が、俺には聞く気がないのでやっぱりわからん。
「そしてもうひとつのおかしい考え方は容姿についてだ。異星人がなんでみんな同じようなもんだと考える?地球上の生物だって同じ星で生まれて同じ星で生き てんのに全然違うだろ?異星人には種類がある。数種類なんてもんじゃなくて、もっといるはずだろ。そんなかに俺らと同じような格好して同じような体の仕組 みを持ってるやつがいないと言い切れるか?」
「う~ん…そうだなぁ」
俺の聞いてるふりもだんだん板に付いてきたようだ。
「いるとしたらもう人のなかに潜んでる可能性だって充分にあるってことだよ」
「あぁ、そうだな」
あ、さっきと同じセリフだ。まずい。聞いてないことがばれたか?
でも俺のセリフは会話からはそれていないはずだ。
しかし、こいつはそういうのには異常に敏感だった。
顔が近寄ってくる。なんか文句言ってくる気か?
「なぁ」
俺の話聞いてたか?と言われると思った。
「もし俺がそうだったらどうするよ?」
とりあえず、ばれていなかったと安堵する。
そしてゆっくり質問について考える。
…こいつが宇宙人だったら?
「別に…どうするってこともねぇだろ。多分、納得する…かな」
「どういう意味だよ」
今度は俺の言った言葉にこいつが眉を寄せる。
「おまえだったら宇宙人だろうとなんだろうとおかしかねぇってことだよ」
それほど変だってことだ。自覚しろてめぇ!
そんなこんなで、やっと家にたどり着いた。
今日の講義はこれで終わりだ。
やっと解放された。
「ただいま」
「おかえりなさい。あら、怪我したの?」
肘の辺りに絆創膏が貼ってあるのに気付き、母さんが言う。
「あぁ、ちょっとコケてさ。大丈夫だって、心配すんなよ。ばれてねぇから」
絆創膏にはかすかに血が滲んでいた。
酸素運搬に鉄ではなく銅を利用した、俺の青い血が――――。
あいつなら俺の正体を知ったときどうするんだろう。
明日にでも、俺の口から直接教えてやろうかと思った。
…でもやめた。
あいつの喜びそうなことなんざ、俺は絶対してやらねぇ。
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