(CANDY×GAMEシリーズ 第一話)
目が覚めたら、見知らぬ部屋にいた。
いや、嘘だ。見覚えはある。
机、本棚、床に散乱した雑誌。
そして、壁に掛かっているのは近所の醤油屋製の色気のないカレンダー。
すべてに見覚えがある。
ただ、見覚えがないのは目の前のコイツ。
いや、顔自体は知っている。コイツはこの部屋の主。
小さい時から面識のある顔だ。忘れはしない。
見覚えがないのは、この表情。
なんだコイツ。
なんでそんな泣きそうな顔してるんだ。
最初は目をまん丸にした。
次に無言でジロジロ観察。
そして、下手すると唇が触れそうなくらい近くによって――
で、こんな顔だ。
多分、コイツのこんな顔を見たのは人生で初めてで。
正直、面食らった。
そして極めつけに、言ったのが。
「お前、本当に生き返ったんだな」
こんなセリフ。
「…ハァ?」
思わず返す疑問符にトゲが仕込まれる。
何を言っておるのだ、コイツは。
ついに頭がおかしくなったのか。
「本当に、ホンモノなのか? 幻とかじゃないよな?」
触れて実体があることを確認する。
「………おい、公隆」
なんでもいいが触れるなら普通、肩とか頭とか、手とかさ。
「泣きそうな顔でヒトのチチ触るなよ」
腐ってもワタシ、女の子なんですけど。
普通なら蹴り倒してやるところなんだが、相手がこんな顔してちゃやりづらい。
「本物だ……ホントなんだな……ホントに……」
何がどうなってるのかわからないが、彼の説明によると私は死んだらしい。
その私がなんでまたこんなところにいるのかというと。
彼、が生き返らせた、んだそうだ。
「そうだよ。お前が突然死んで、みんなどれだけ悲しんだと思ってんだ」
「いや、悲しんでくれるのは有り難いんだが」
「色々勉強したよ。医学から薬学から陰陽道から黒魔術から」
「………」
後半に何か次元の違うモノが含まれた気がするが、聞かなかったことにする。
ふと目をやった机の上にはなにやらあやしげな注射器が。
シリンジは押し出された形で、中身はない。
自分の右腕を見ると、小さな赤い点。
「……マジ?」
「信じないのか」
「信じられると思うのか」
不毛な会話だ。
「いいよ、信じなくても」
「…あ?」
「俺は、お前が生きてさえいてくれればそれで」
絶句。そのあまりにうさんくさい、もとい、爽やかなセリフに思わず鳥肌。
「…あー、まぁ、その、何だ」
「悠里」
急に手を引かれ、バランスを崩して彼の腕の中に倒れ込む。
私たちはお互いに相手に対してそんな感情なんぞ持ち合わせていないはずだが、こうなると一気に赤面した。コイツは、今、何かおかしい。
「お前、今何やってるかわかってるか?……放せよ」
「あ、悪い。やっぱ実感わかなくて」
あっさりと解放してくれたので、一歩後ずさってからホッと一息。
壁の時計に目をやると、午前3時を過ぎたところ。
「……とりあえず帰るわ」
「あぁ、そうしろ。おじさんおばさんもきっと喜ぶ」
儚げな笑顔に再び鳥肌。
3軒挟んだ隣の我が家。玄関の鍵は開いていた。
自分の部屋に着くと、鍵を閉め、さっさとベッドに潜り込む。
朝、学校へ向かう途中で公隆に会った。
「いーっす」
「お前さ、昨日うち来なかったか?」
第一声がコレ。
あぁ、残念。やっぱり夢じゃなかったか。
「昨日、部屋の鍵かけ忘れてたんだ」
「難儀なことで。でも、普通子供のもんなんだろ?」
「んー」
そう、私は「睡眠時遊行症」。俗に言う夢遊病だ。
普通大人になるとなくなるものらしいんだが、残念ながら、今のところ自室に鍵が欠かせない身だったりする。
対する彼は虚言癖。ただし愉快犯の偽物。昨日の場合はそれプラス寝ぼけ。
よくもまぁ、起き抜けの頭に吹き込んでくれたもんだ。
「しかし、お前、クスリでも始めたのか?」
「バカ言え」
「じゃ、あの注射器…」
「あれは糖尿のインシュリン。猫用のな」
あぁ、なるほど。お宅の黒猫の使用済みでしたか。
「なぁ、ところで、何で私は死んだんだ?」
右腕の虫さされを掻きつつ、笑いながら学校へ向かった。
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