#04 真相
2014/10/04 00:31 □ 城ノ内探偵事務所
浮気調査に人探し、信用調査。小さな事務所の割りに、調査依頼はコンスタントに入ってきた。
だからその違和感に気付くのに、それほど時間はかからなかった。
*
五月二十日。初めてこの事務所を訪れてから一週間。報告書の作成も大分慣れてきた。上司のテキストは相変わらず、たまにフェイントのようなとんでもない間違いが潜んでいるから油断は出来ないけれど。
依頼の中で一番多いのは、意外にも従業員の素行調査だった。
「城ノ内さん、この西原(にしはら)ってどういう会社なんですか?」
「ん? 別に普通の会社だよ。医薬品の卸関係だったかな?」
「……なんでこんなに素行調査が多いんです?」
そこまで大きな会社でもなさそうなのに、調査対象はこの一週間で三人。これから手を付ける報告書に記載する調査結果は三人とも、『サボりの常習犯』だった。
「まぁ、お得意さんだから多少は安くしてあげてるけど、あんまり性質の良い会社じゃないのは確かだね」
「まさか、いつもこんな状態なんですか?」
「いや、今回はちょっとお祭りがあったから集中したんだろうね」
「お祭り?」
そんなものあったか? 思わず眉を寄せる私に、上司が苦笑する。
「そ。パチンコ屋のね」
「……なるほど」
報告書を見返すと、確かに三人とも同じ日にパチンコ屋へ長時間居座っている。
「社長も大変ですね。こんなに不良社員ばっかりだと」
「はは、違う違う。あそこの社長はわざとそういうのばっかり採用してるんだよ」
「は?」
「素行は悪いけど営業成績はそこそこの人間拾ってきて泳がせるの。サボりの証拠を掴んだら、ペナルティの名目で給料は最低賃金まで引き下げ。職務怠慢の損害賠償と、うちの調査費用は問題の社員が借金として会社に返済していくことになる。おそらく調査費用も水増ししてるだろうけどね」
「……性質の悪さはどっちもどっちってことですか」
「まぁね。生まれ変わったみたいに本当に真面目に働いてた人もいるけど」
「その場合は調査費用無駄ってことですか? そんなリスク負ってまでよく……」
「他で取り返せるだろうし、元不良社員たちが頑張って業績も上がってるみたいだからそのくらいは痛くも痒くもないんじゃない? それにあの社長、腐っても『西園』の遠縁らしいしね」
「…………あー、」
同族経営の会社が強いこの街にはいくつかの勢力がある。上司の口にした名前はそのうちのひとつ。――第二勢力『西園』。西原の名は聞いたことがないけれど、聞き慣れたそれの遠縁であるなら、金の使い方にも納得出来る。そして、その性質の悪さにも。
「ま、僕もあんまり関わりたくはないんだけどね」
「……いいんじゃないですか? 仕事なんですから。仕事にもお金にも貴賎はありませんし」
納得のいったところで、仕事に戻る。まぁね、と、少し意外そうな顔で、上司が笑った。
*
「『五月十七日、午後二時二十分。調査対象者が[PC空間]入店』……住所は御影市林田三丁目十五番地……現場の写真は5番、と」
調査対象者は西原の従業員のひとり。5番の写真には駅前のネットカフェが写っていた。看板に光が反射して店名が少し欠けている。パチンコ屋のイベント日以外は主にこの店で時間を過ごしていたらしい。
画像はすべてL判でも印刷しているけれど、書類にもわかりやすく縮小して配置する。
『報告書見やすいってお客さんに褒められたよ。人並みって言ってたけど、すごい上手だよ。レイアウト』
昨日言われたセリフを思い出す。あんな風に満足そうに礼を言われると悪い気はしない。
まだ一週間の新人に任せられることは少なく、レイアウトとお茶くみの他には電話の取り次ぎと買い出し程度。だから手の空いている時には、配る予定のない宣伝チラシを作ってみたり、特に必要もないのにコーヒーメーカーの使い方を可愛らしくまとめて貼ってみたり。
タイピングの粗さはともかくその他では人並み以上にパソコンを使える上司だったが、そういう能力はからっきしらしく、いちいち感心してくれた。ちなみに、宣伝チラシは気に入ってもらえたらしく、口コミ用にと応接スペースへ配置されている。
――……あれ?
最初はその違和感が何から来ているのかわからなかった。
「…………」
テキストと画像。提供された素材をゆっくりと、もう一度見返す。
「……この時間……?」
午後二時二十分。その時間は確か――
「あ、何かおかしい?」
「城ノ内さん、これなんですけど、この時間って、吉岡さんが来られた時間です。城ノ内さん事務所に居ましたよね? 日付か時間、間違ってるんじゃないですか?」
「あー、それね。気にしないで。間違ってないから」
「間違ってないって……」
疑いを持って、画像を見る。確かに昼間の写真だ。日付も時間も画像の右下に入っている。
「――!」
やっと、気付く。
ばさりと、今まで作った報告書のコピーを机に置く。わざわざ見なくとも覚えているのに、それでも確認したかった。
――やっぱり……!
なんで今まで気が付かなかった? ここ一週間の調査報告書。私の関知しない夜ならともかく、昼の写真がこんなにある。――彼は、一歩もこの事務所から出ていないのに。
もう一度先ほどの写真を見る。
ブレもなく、くっきりときれいな写真。まるで写真のプロのように。
「……誰が撮ってるんです、この写真」
私の質問に、苦笑する上司。今頃気付いたの? なんて声が聞こえるよう。
「友達。鳥景写真家の小森祐輔。知らない? この街では結構有名なんだけどね」
「……こっちの写真は?」
写っている人物はハッキリわかるものの、先ほどの写真と比べればぼやけている別の日の写真を示す。
「佐藤和也と水上恭子。近所の高校生」
「…………自分で尾行したことは?」
「ないね。上手くできる自信もない」
「…………」
まぁ、この人目立ちそうだから尾行しても駄目そうな気はするけども。けど、それにしてもだ――
まさか事務所と関係ない人間にそんなことをさせているなんて。
他力本願もいいところじゃないか。こちらの呆れた顔に、上司はまた苦笑う。
「だから、友達が多いって言ったでしょ?」
――相容れない。
その表情に、私はただそう感じていた。