光塔館異人録(試し読み)3

2014/10/11 00:57 □ 試し読み

 

* * *

『もしもし?』
「もしもし、金岡さんの携帯でしょうか?」
『はい! そうです』
「はじめまして、塔崎と申します。ハウスメイトの件でお電話させていただいておりますが、間違いなかったでしょうか?」
『はい! ありがとうございます!』
「…………」
 電話越しの声に、直感する。
──過ぎた心配、だったか。

 

 朝食時の会話が頭の中を巡る。
「誰か代わりに掛けてもらった方がいいのかな」
 そう語りかけた相手は、気まぐれで朝食を作りにきてくれた貴子さん。彼女はいつもの落ち着いた野太い声で言った。
「お嬢のご希望とあれば。ただ、共に暮らすことになるのはご自分です。見極めは早い方がよろしいかと」
 こちらに向ける微笑みは、私を通り過ぎてまだ見ぬ同居候補に対するものか、ほんの少し冷たい。
「……ん、それもそうか」
 どのような意味でも、こちらが「若い女の声」であることで態度を変えるような輩なら願い下げだ。
 私の回答に、貴子さんはただ静かに微笑んでいた。

 

「──はい。この条件でよければ、一度家のほうを見ていただきたいと思っています」
『問題ありません。ありがとうございます!』
「ご都合のよろしい日はいつでしょうか? 出来れば土日で」

 

* * *

 

「どうぞ、おかけください」
 貴子さんに案内され、応接室に入ってきた青年に、目一杯大人びた声で語りかける。
 ここ数ヶ月、家を出たことで、うちが世間からどう見られているかは十二分に学べた。
「あ、……はい。ありがとうございます」
 少しだけ周りを見渡すと、青年は落ち着かない様子のまま、ソファに腰を下ろした。
「はじめまして、金岡さん。塔崎洸香と申します」
 年の頃は二十代半ばで、真面目そうな風貌。スーツ姿で、まるで面接にでも来たかのよう──いや、この状況は面接と言っても間違いではないか。実際、彼は明らかに年下であるこちらに対してもとても低姿勢だった。
「よ、よろしくお願いします!」
「ハウスメイトの件、ご連絡感謝いたします」
 くれぐれも威厳を忘れずに。お嬢の態(なり)で舐められたら終わりです──貴子さんのアドバイスを胸に、余裕の微笑みを絶やさず。
「早速ですけれど、一通りご案内いたしますね」
 一階にある六つのうち私の自室を除く五つの部屋、二階にある四つの部屋、ベランダ、リビング、キッチン、風呂場を案内し、応接室へ戻ると、もう一度テーブルを挟んで微笑みかける。
「洗濯機や冷蔵庫は自由に使っていただいて構いません。共用が気になるようであればコインランドリーも銭湯も 近くにあります。条件としては、お電話で申し上げましたとおり水道光熱費として月一万円。通常の範囲外の費用がかかった場合は追加請求させていただくこともございます。どうなさいますか?」
「僕なんかが住まわせてもらえるなら、是非お願いします!」
 思わず、息が漏れた。なんでこんな一生懸命なんだ、この人。
貴子さんが淹れてくれた紅茶を勧めながら、傍らのセキュリティケースに手を伸ばす。
「それから当然ではございますが、私や家の者、今はまだ居ませんが他のハウスメイトに対して犯罪行為を行わないことが絶対条件となります」
 こちらとしてはあくまで形式的な文言ではあったが、残りわずかな警戒に勘付いたのか、ケースから視線を戻すと彼の表情は少し曇っていた。
「──大丈夫です。僕が、大家さんに、危害を加えることは、ありません」
 カップの中を見つめながら、ゆっくりと言葉を選ぶように、彼は言った。
「おそらく、ほとんど、家には居ませんから」

 

「…………」
 苦笑するその表情が、彼の印象をわずかに変える。
 特に病弱なようにも見えないのに、随分と弱々しい──いや、儚いと言ってしまってもいい。
 まるで、今にも切れそうな蚕糸(さんし)ですべてを繋ぎ止めているような──。

 

「家に居られないと言いますと、お仕事が大変とか?」
 詮索しすぎないよう世間話程度に尋ねながら、ケースから取り出したものを彼の前に並べる。
「はい。アルバイトなんですが、掛け持ちしています。特に夜中はほとんど家に居ないと思います」
「そうですか。では、何かあった時の連絡先は携帯電話でよろしいですね」
「はい。すぐには出られないかもしれませんが、掛け直しますので」
 確認するように、ポケットから自分の携帯を取り出すと、彼は申し訳なさそうに続ける。
「メールとか出来たらいいのかもしれないんですけど、俺……僕、そういうのわからなくて」
「…………」
「部屋案内していただいた時、インターネットの回線が使えるって言われましたけど、パソコンも持ってません。お恥ずかしながら、ハウスメイトのお話も山田さんから勧められて来たんです。携帯も、そういう契約してません」

 

──……マジで?
 どうしよう。嘘を吐いているようには見えないし、「山田さん」の話ともつじつまは合う。でも、まさか今時メールも使えない人がいるなんて。
 これから説明する内容くらいは理解してもらえるだろうか。

 

「大家さん?」
 戸惑った声に、我に返る。フリーズしてる場合じゃない。
「……塔崎で結構ですよ、金岡さん」
「えっと……、これは?」
 そう指差されたのは先ほど並べたカード二枚。
「セキュリティカードです。これからこの家のセキュリティについてご説明します」
「あ、はい」
「これはあなたの部屋への訪問者のための入退室用カードです。なくさないようにお願いしますね」
「入退室用?」
「この家のドアはほぼすべてオートロックです。先ほどは気付かれなかったかもしれませんが、各部屋のドアには 非接触のカードリーダーが設置されていて、そこにこのカードをかざすとドアが開けられるようになっています。要するにカードキーですね」
 彼は小さく頷きながら二枚のカードを受け取ると、すぐに首を傾げた。
「え、でも、さっきは」
「えぇ、使っていません。これは言ったとおり、あくまで訪問者用のカードです。あなた自身は別の入退室方法があります」
「別?」
「指紋認証です。ドアノブの横に液晶の付いた小さなセンサーがあって、そこに指を押しつけて出入りする形になります。これは玄関も同じです。不便かもしれませんが、カードが使えるのはあなたの部屋のドアだけで、玄関も開けられません」
「はぁ」
「よろしければこちらにサインをお願いします」
 カードの横に置いてあった一枚の紙を引き寄せる。
 彼は不安げに名前と連絡先を書き終わると、自分の文字を確認しながら、言いづらそうに疑問を口にした。
「大家さん、さっきは指紋認証で部屋に入ったってことですよね」
「はい」
 塔崎でいいっつーのに、と思いながら先を促す。
「それは、大家さんは、ハウスメイトの部屋にも入れるということですか?」
「…………」
 彼の質問に、思わず笑みが漏れる。へぇ、ぼんやりしてるようで、意外と切れると見た。
「いいえ。今はまだあなたの指紋を登録していません。九つのうちどの部屋にするかが決まれば、その部屋の認証用としてあなたの指紋を設定します。同時にそのカードも使えるように関連づけます。その段階で、ルームマスターでない私の指紋だけでは開けられなくなります」
「指紋『だけ』では?」
「非常事態が起こった場合にそなえて、マスターカードキーが存在します。これを私の指紋と同時に使用すればすべてのドアの解錠が可能です。ただし、これを使った場合、センサー上の液晶に履歴が残ります」
「よくわかりませんが、勝手に入ったとしてもすぐにわかる、ということですか?」
「はい。そこに関しては信用してもらうしかないですけどね」
「あ、いや、疑ってるわけじゃないんです。とられて困るものもないし……でも、」
「構いませんよ。当然のことです」
 急にまたおどおどしたような態度になった彼に軽く笑いかけ、じゃあ早速指紋登録しましょうか、とリビングへ促した。
「ここで登録するんですか? 部屋には行かないんですか?」
 と、彼がしきりに聞いてくる。スリープ状態だったパソコンを起こし、登録の準備をしながら説明する。
「金岡さん、この家はすべてネットワークで管理されています。先ほどカードをなくさないように、と言いましたが、カードに関しては実際なくしてしまっても、連絡をいただければすぐに設定を変更することが可能です。私がこの家に居ない場合でも」
 言われたとおりセンサーに指を押しつけながら、眉間に皺を寄せる彼の顔に、悟った。
 彼にはつまり、ネットワークの概念がないのだ。

 

「トウロクシマシタ」
 十度目の機械音が響く。

 

「ようこそ、光塔館へ」

 

 テレビさえ持っていなかった彼の引っ越しは、翌日完了した。
 六月三十日、土曜日。ハウスメイト一号入居。
 金岡優──アビリティ:『ハイパー情報弱者』。

 

 

———-

 

はい、これで第一話の半分です。

導入部分が含まれるので他の話に比べるとめちゃくちゃ長い。

金岡さんと洸香のセキュリティ関係の会話部分が結構気に入ってたり。

光塔館は2013年に発行した本ですが、書き始めは2003年で、ハウスメイトをネットで募集するところまでで止まってました。

今からすれば一体何を思ってこんな引きこもり設定書いたのかと、ものすごい不思議です。

さすがに話の内容は10年前と比べて色々変更されましたが、最初の設定は当初のまんまです。

ちなみに、金岡さんはもともと幽霊って設定でしたw

 

ハウスメイトはあと数人出てきます。胡散臭い女の人とか、霊能力発揮するおばあさんとか。

興味を持っていただいたなら、本のほうも是非。


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