「テキスト」カテゴリー
今まで書いたショートショート・小説等、文章置き場です。
拙すぎてカテゴリ名を「小説」とするのすらおこがましい気がしたので「テキスト」。
基本的にどんでん返しを目標に書いてたり、書いてなかったり。
高校時代とかに書いたものも結構あるので正直黒歴史ですが、面倒なので開き直って手直しもいいわけもなしです。
いくつかはイベントで無料配布した「夢見るものたち」に収録しています。
投稿が「夢見るものたち」より前の分に関してはほぼ全部学生時代に書いたもの。
ツッコミどころが満載なのは自分でわかってますので、そこは流していただけるとありがたい。
最近のもツッコミどころが多いのは大して変わりませんが、まぁ、まだマシかと。
伏線を意識し始めたのはCANDY ×GAMEシリーズの途中あたり(2005年)から。
そのへんから書くものがガラッと変わった気がします。
Twitter300字SS「某所にて」
2014/12/06 22:20 □ 短編・ショートショート
Twitter300字SS お題「クリスマス」
題名 : 「某所にて」
ジャンル : オリジナル。恋愛…か?
—–
「ねぇ、」
座卓で手にした紙を確認しながら。
疲れ切った様子で隣に腰を下ろした彼に声をかける。
「ん?」
付き合い始めて三ヶ月。
「今日何の日か知ってる?」
「大正天皇の崩御日」
「……他には」
「逸見さんもそうだっけ?」
「なんで命日ばっかりなのよ。誕生日で有名な人いるでしょ?」
「あぁ、リヴァイ兵長がそうらしいな」
「……なんでそんなに詳しいのよ」
「そりゃ調べたから。現実逃避で」
「むぅ」
不服そうな声に笑って、
「まぁでも、終わったら飯でも行くか」
白い袴の神主は、巫女の頭に手を置いた。
今日は十二月二十五日。
ここ神社では、一番の繁忙期に向けて準備に追われている。
—–
参加してみたかったけど全然浮かばず、上記を思いついたのが開始30分後。
書き始めから一時間以内の投稿ってのは私にしては頑張ったと思うの(^^;)
光塔館異人録(試し読み)3
2014/10/11 00:57 □ 試し読み
* * *
『もしもし?』
「もしもし、金岡さんの携帯でしょうか?」
『はい! そうです』
「はじめまして、塔崎と申します。ハウスメイトの件でお電話させていただいておりますが、間違いなかったでしょうか?」
『はい! ありがとうございます!』
「…………」
電話越しの声に、直感する。
──過ぎた心配、だったか。
朝食時の会話が頭の中を巡る。
「誰か代わりに掛けてもらった方がいいのかな」
そう語りかけた相手は、気まぐれで朝食を作りにきてくれた貴子さん。彼女はいつもの落ち着いた野太い声で言った。
「お嬢のご希望とあれば。ただ、共に暮らすことになるのはご自分です。見極めは早い方がよろしいかと」
こちらに向ける微笑みは、私を通り過ぎてまだ見ぬ同居候補に対するものか、ほんの少し冷たい。
「……ん、それもそうか」
どのような意味でも、こちらが「若い女の声」であることで態度を変えるような輩なら願い下げだ。
私の回答に、貴子さんはただ静かに微笑んでいた。
「──はい。この条件でよければ、一度家のほうを見ていただきたいと思っています」
『問題ありません。ありがとうございます!』
「ご都合のよろしい日はいつでしょうか? 出来れば土日で」
* * *
「どうぞ、おかけください」
貴子さんに案内され、応接室に入ってきた青年に、目一杯大人びた声で語りかける。
ここ数ヶ月、家を出たことで、うちが世間からどう見られているかは十二分に学べた。
「あ、……はい。ありがとうございます」
少しだけ周りを見渡すと、青年は落ち着かない様子のまま、ソファに腰を下ろした。
「はじめまして、金岡さん。塔崎洸香と申します」
年の頃は二十代半ばで、真面目そうな風貌。スーツ姿で、まるで面接にでも来たかのよう──いや、この状況は面接と言っても間違いではないか。実際、彼は明らかに年下であるこちらに対してもとても低姿勢だった。
「よ、よろしくお願いします!」
「ハウスメイトの件、ご連絡感謝いたします」
くれぐれも威厳を忘れずに。お嬢の態(なり)で舐められたら終わりです──貴子さんのアドバイスを胸に、余裕の微笑みを絶やさず。
「早速ですけれど、一通りご案内いたしますね」
一階にある六つのうち私の自室を除く五つの部屋、二階にある四つの部屋、ベランダ、リビング、キッチン、風呂場を案内し、応接室へ戻ると、もう一度テーブルを挟んで微笑みかける。
「洗濯機や冷蔵庫は自由に使っていただいて構いません。共用が気になるようであればコインランドリーも銭湯も 近くにあります。条件としては、お電話で申し上げましたとおり水道光熱費として月一万円。通常の範囲外の費用がかかった場合は追加請求させていただくこともございます。どうなさいますか?」
「僕なんかが住まわせてもらえるなら、是非お願いします!」
思わず、息が漏れた。なんでこんな一生懸命なんだ、この人。
貴子さんが淹れてくれた紅茶を勧めながら、傍らのセキュリティケースに手を伸ばす。
「それから当然ではございますが、私や家の者、今はまだ居ませんが他のハウスメイトに対して犯罪行為を行わないことが絶対条件となります」
こちらとしてはあくまで形式的な文言ではあったが、残りわずかな警戒に勘付いたのか、ケースから視線を戻すと彼の表情は少し曇っていた。
「──大丈夫です。僕が、大家さんに、危害を加えることは、ありません」
カップの中を見つめながら、ゆっくりと言葉を選ぶように、彼は言った。
「おそらく、ほとんど、家には居ませんから」
「…………」
苦笑するその表情が、彼の印象をわずかに変える。
特に病弱なようにも見えないのに、随分と弱々しい──いや、儚いと言ってしまってもいい。
まるで、今にも切れそうな蚕糸(さんし)ですべてを繋ぎ止めているような──。
「家に居られないと言いますと、お仕事が大変とか?」
詮索しすぎないよう世間話程度に尋ねながら、ケースから取り出したものを彼の前に並べる。
「はい。アルバイトなんですが、掛け持ちしています。特に夜中はほとんど家に居ないと思います」
「そうですか。では、何かあった時の連絡先は携帯電話でよろしいですね」
「はい。すぐには出られないかもしれませんが、掛け直しますので」
確認するように、ポケットから自分の携帯を取り出すと、彼は申し訳なさそうに続ける。
「メールとか出来たらいいのかもしれないんですけど、俺……僕、そういうのわからなくて」
「…………」
「部屋案内していただいた時、インターネットの回線が使えるって言われましたけど、パソコンも持ってません。お恥ずかしながら、ハウスメイトのお話も山田さんから勧められて来たんです。携帯も、そういう契約してません」
──……マジで?
どうしよう。嘘を吐いているようには見えないし、「山田さん」の話ともつじつまは合う。でも、まさか今時メールも使えない人がいるなんて。
これから説明する内容くらいは理解してもらえるだろうか。
「大家さん?」
戸惑った声に、我に返る。フリーズしてる場合じゃない。
「……塔崎で結構ですよ、金岡さん」
「えっと……、これは?」
そう指差されたのは先ほど並べたカード二枚。
「セキュリティカードです。これからこの家のセキュリティについてご説明します」
「あ、はい」
「これはあなたの部屋への訪問者のための入退室用カードです。なくさないようにお願いしますね」
「入退室用?」
「この家のドアはほぼすべてオートロックです。先ほどは気付かれなかったかもしれませんが、各部屋のドアには 非接触のカードリーダーが設置されていて、そこにこのカードをかざすとドアが開けられるようになっています。要するにカードキーですね」
彼は小さく頷きながら二枚のカードを受け取ると、すぐに首を傾げた。
「え、でも、さっきは」
「えぇ、使っていません。これは言ったとおり、あくまで訪問者用のカードです。あなた自身は別の入退室方法があります」
「別?」
「指紋認証です。ドアノブの横に液晶の付いた小さなセンサーがあって、そこに指を押しつけて出入りする形になります。これは玄関も同じです。不便かもしれませんが、カードが使えるのはあなたの部屋のドアだけで、玄関も開けられません」
「はぁ」
「よろしければこちらにサインをお願いします」
カードの横に置いてあった一枚の紙を引き寄せる。
彼は不安げに名前と連絡先を書き終わると、自分の文字を確認しながら、言いづらそうに疑問を口にした。
「大家さん、さっきは指紋認証で部屋に入ったってことですよね」
「はい」
塔崎でいいっつーのに、と思いながら先を促す。
「それは、大家さんは、ハウスメイトの部屋にも入れるということですか?」
「…………」
彼の質問に、思わず笑みが漏れる。へぇ、ぼんやりしてるようで、意外と切れると見た。
「いいえ。今はまだあなたの指紋を登録していません。九つのうちどの部屋にするかが決まれば、その部屋の認証用としてあなたの指紋を設定します。同時にそのカードも使えるように関連づけます。その段階で、ルームマスターでない私の指紋だけでは開けられなくなります」
「指紋『だけ』では?」
「非常事態が起こった場合にそなえて、マスターカードキーが存在します。これを私の指紋と同時に使用すればすべてのドアの解錠が可能です。ただし、これを使った場合、センサー上の液晶に履歴が残ります」
「よくわかりませんが、勝手に入ったとしてもすぐにわかる、ということですか?」
「はい。そこに関しては信用してもらうしかないですけどね」
「あ、いや、疑ってるわけじゃないんです。とられて困るものもないし……でも、」
「構いませんよ。当然のことです」
急にまたおどおどしたような態度になった彼に軽く笑いかけ、じゃあ早速指紋登録しましょうか、とリビングへ促した。
「ここで登録するんですか? 部屋には行かないんですか?」
と、彼がしきりに聞いてくる。スリープ状態だったパソコンを起こし、登録の準備をしながら説明する。
「金岡さん、この家はすべてネットワークで管理されています。先ほどカードをなくさないように、と言いましたが、カードに関しては実際なくしてしまっても、連絡をいただければすぐに設定を変更することが可能です。私がこの家に居ない場合でも」
言われたとおりセンサーに指を押しつけながら、眉間に皺を寄せる彼の顔に、悟った。
彼にはつまり、ネットワークの概念がないのだ。
「トウロクシマシタ」
十度目の機械音が響く。
「ようこそ、光塔館へ」
テレビさえ持っていなかった彼の引っ越しは、翌日完了した。
六月三十日、土曜日。ハウスメイト一号入居。
金岡優──アビリティ:『ハイパー情報弱者』。
———-
はい、これで第一話の半分です。
導入部分が含まれるので他の話に比べるとめちゃくちゃ長い。
金岡さんと洸香のセキュリティ関係の会話部分が結構気に入ってたり。
光塔館は2013年に発行した本ですが、書き始めは2003年で、ハウスメイトをネットで募集するところまでで止まってました。
今からすれば一体何を思ってこんな引きこもり設定書いたのかと、ものすごい不思議です。
さすがに話の内容は10年前と比べて色々変更されましたが、最初の設定は当初のまんまです。
ちなみに、金岡さんはもともと幽霊って設定でしたw
ハウスメイトはあと数人出てきます。胡散臭い女の人とか、霊能力発揮するおばあさんとか。
興味を持っていただいたなら、本のほうも是非。
光塔館異人録(試し読み)2
2014/10/11 00:52 □ 試し読み
* * *
五月六日、日曜日。
私はリビングのソファに寝っ転がっていた。
時刻は昼の一時を少しまわったところ。
天気がいいので気分が気分なら買い物にでも出かけるところなんだが、残念ながらそういう気にはならなかった。ぼーっと窓の外を眺めていると、ふいにテレビからバラエティ番組の笑い声があふれ出す。
「……るせぇ」
リモコンに手を伸ばす。ブツン、という小さな音を最後に静寂が訪れた。時折、窓の外遠くから聞こえくる子供のはしゃぎ声以外にそれを遮るものはない。穏やかな時の流れが窓から入ってきたそよ風とともに頬をかすめていく。
私は目を閉じて、思った。
──暇だ。
そう、これ以上ないと言っていいほど。
──これは、いかん。
このままでは家に帰りたくなってしまう。
せっかく──理想とは大分違ったとはいえ──念願かなった一人暮らし。
誰にも邪魔されることなく、ひとりの時間を過ごせる聖域。その点に置いては文句ない。
ただ、その領域が広すぎるのは難点だ。人は狭い方が落ち着くものだと思う。というか、この家にある十もの部屋をひとりで一体何に使えというのか。
それでも静まりかえったこの家は、私を飲み込んで放そうとしない。
──やっぱり誰か連れてくるべきだったか。
塔崎家使用人その一。衣子さん。
群を抜いて高いその掃除能力は、きっとこの家の隅から隅まで、鬼姑の指先に文句を言わせないくらいキレイにしてくれるだろう。
ただ、彼女は掃除以外は軒並み苦手。それしか出来ない分、ずっとどこかを磨いている。
ここが済んだら次はあそこ。テキパキとやっているのはいいが終わりがないのは問題だ。
たまには止まってくれないと、こちらの精神が危ない。
塔崎家使用人その二。綾子さん。
その料理の腕前は某ホテルのシェフレベルと噂される。彼女にきてもらえれば豪華で、それでいて栄養バランスを考えた食事が出来るだろう。
ただ、彼女は金勘定が苦手である。
家にいた頃ならいざ知らず、アルバイトも許されず、食費も含めて定額小遣い制になった私の財布では一回の食事で破産する。その後はシャレ抜きで毎日煮干しになるだろう。
塔崎家使用人その三。貴子さん。
何をさせても問題なくこなせる使用人の鑑。
その仕事は迅速丁寧。性格も柔和で連れてくるなら彼女が最適だろう。
が、彼女は身長一九〇センチ、通称「筋肉」。
失礼ながら、腕の筋肉が私の腰より太いんじゃないかと思えるような彼女を始終そばに置いておくのは、なんだか暑苦しそうなのでごめん被る。
使用人はまだまだいるものの、とりあえず私が親しいと言えるのはこの三人くらいだった。
──……やっぱりいいや、ひとりで。
くすくすと声を出して笑ってみる。それにしても静かだ。
実家でも、自分の部屋では同じような状況だったはずなのに、どうしてこんなに落ち着かないんだろう。
──……そうか。
唐突に、気づいた。
私が望んでいた「部屋を借りる」という形での一人暮らしと、実家の共通点。
そしてそれらとここの相違点。
──同じ建物の中に人がいるって、それだけで安心するんだ。
私の望んだもの。それは互いに干渉しない関係。
存在そのものの消去とは根本的に違っていたのだ。
* * *
パソコンの画面に映るのは、とある検索サイト。
検索ワードの入力欄にカーソルを置くと、私はカタカタとキーを叩いた。
「ルームメイト募集」
これが、数時間に渡って悩んだ末、辿りついた打開策。
友達に来てもらうとか、動物を飼うとか、他にも色々考えた。でも私が欲しいのは話し相手でも、心を許せるペットでもない。
ただ、この家のどこかに存在するだけの「他人」だったのだ。
──Enter。
はじき出された検索結果、二十万四千件。手っ取り早く上から順番に開いていく。
どれでもいい。でも登録だの何だのと面倒くさいのは嫌だ。
そうこうしているうち、登録も何もなく、掲示板形式で募集記事を投稿出来るサイトが見つかった。
—————————-
鳥木市内 鳴嶋駅徒歩1分
電気・水道代として月額1万円いただきます。
詳細はメールにて。
—————————-
──なんておいしい話。
自分で投稿しておいて、馬鹿みたいだと思った。
もしや希望者殺到するんじゃなかろうか。
……ところがどっこい。数日が過ぎてもメールゼロ。
アドレスを間違えた? まさか。何度もチェックしたはずだ。
不安になって投稿を見直してみるも、異常はなかった。
前後にあった投稿は削除されている。おそらく決定したのだろう。
──もしや、この辺って治安悪いとか? そんな風には見えないけどこの辺あんまり知らないしな。
とにかく、情報が欲しい。手っ取り早く、キーを叩く。「鳴嶋 治安」Enter。
そして、──とんでもないものが見つかった。
—————————-
260:匿名さん
家探してんだけどhttp://www.roomxxx.net/←ここの154ってどう?
鳴嶋って治安いいのに駅近で一万ってなんか怪しい物件?
近くの人教えて!
—————————-
261:匿名さん
ってか鳴嶋の近くにそれっぽい建物なんてなくね?
T家関連の建物出来たみたいだけどさすがにないだろうし。
—————————-
262:匿名さん
裏手じゃね? 幽霊ハウスみたいなのあるだろ。
—————————-
263:匿名さん
スネーク行ってみたけど裏手のほうは誰も住んでないみたいだったぞ。
表も行くか?
—————————-
264:匿名さん
やめとけ。T家相手にのぞきとか消されてもおかしくないぞ。
—————————-
「うわ、やっべ」
他のサイトで、例の投稿が変な意味で話題になっている。しかもスネークされかけてるし。
というか、うち、世間的にはそんなにアンタッチャブルな家なのか?
「……う──ん」
最終的にいたずらとして結論づけられた書き込みの山を一通り見終わると、ため息と同時にソファに身を投げ出し、目を閉じた。
「……上手くいかないもんだなぁ」
ひとしきりヘコんで、ゆっくりと目を開ける。
まぁ、いいや。書き込みは残ったままだから、そのうち連絡来るかもしれないし。希望者なんて多すぎても面倒だ。
考えてみれば、ハウスメイトを迎え入れるという考えに関して、私は未だ親に許可を取っていない。この家に入る時言われた「お前の好きにしなさい」の言葉を盾に無理矢理押し通す気でいたが、こんな形で時間が出来たってことは、ここは事前に言っておけという神か何かの思し召しかもしれない。
早速実家に電話すると、驚いたことに二つ返事で許可をくれた。
「同棲するって言われると困るけど、大家になるなら問題ないよ。勉強にもなるだろうし、好きにしなさい」
残念ながら、家賃は実家に上納。うち三割が小遣いとして還元されることに決定したけれど。
「複数で暮らすとなると不便なとこもあるだろうから適当に手配しておくよ」
だが結局、我が光塔館に新しい住民を迎え入れたのは、それからふた月近く後のことだった。
* * *
六月二十二日、金曜日。ついに一通のメールが届いた。
『はじめまして。山田と申します。ハウスメイト募集の掲示板を見て連絡させていただきました。
知り合いに希望者が居ますが、メールが出来る環境にないため代理で送信しています。
詳細は電話でも可能でしょうか?』
その後には携帯の電話番号と、番号を教えてもらえればこちらからかける、と続いていた。
直感的には信頼出来そうだったが、番号を教えるのも不安に思える。悩んだ末、こちらから連絡してみることにした。
『はじめまして、山田様。塔崎と申します。ハウスメイトの件、仲介ありがとうございます。
お書きいただいた番号は希望者様の携帯電話でしょうか。
こちらから詳細の連絡をさせていただきますので、ご都合のよい時間を教えてほしいと
お伝えいただけますか?』
アドレスが携帯のものだったからか、返事はすぐに返ってきた。
『ご連絡ありがとうございます。それでは明日、午前十時はいかがでしょうか。
彼には連絡しておきます。申し遅れましたが、希望者は金岡優(かなおかゆう)という男性です』
メールを読み終わり、OKと返事を返して、そこで初めて、私は同居人の性別についてまったく考えていなかったことに気が付いた。まぁ、その希望者が交番から徒歩一分半のこの立地でよからぬことを企みそうな輩であれば、なかったことにするだけの話だが。
「……あれ?」
もうひとつ気付く、違和感。連絡しておきます、ということは、この番号は彼の携帯のものなのだろう。なのにメールは出来ない? 不思議な話だ。
まぁいい。気にはなるが、スネークしてきた奴らと違って塔崎の名を出しても引かない「都合のいい他人」が折角手に入りそうなんだ。話くらいしてみてもいいじゃないか。
そうひとり納得して、パソコンの電源を落とす。HDDの止まる音。静けさに響く自分の足音すらも、今日は少しだけ愛おしい。
大きな期待とわずかな不安。その日は床に就いてもしばらく眠れなかった。
光塔館異人録(試し読み)1
2014/10/11 00:44 □ 試し読み
『光塔館異人録』三部構成中第一話の半分にあたります。
切りが悪かったので、ぶっちゃけ約30ページ分。本自体の三分の一です。
正直、最後まで含めると内容的には今までで一番ツッコミどころの多い話だったりします。
自分の能力超えて思いつかなかった箇所ごまかしてごっそり省いたからね!(ぉ
—–
# 第一話
唖然──その一言に尽きる。
──なんだこれは。
目の前には真新しい一軒の家。
建物自体にこれといって変わったところはない。強いて言うなら、簡素な門には少々不釣り合いと思われる、重々しい石板がかかっていることくらい。
石板に彫り込んである文字は
「光塔館」
の三文字。
──いつの間にこんなものを……
* * *
高校を出たらこの家を出て一人暮らしをはじめよう。ずっとそう思っていた。
だから大学が決まってすぐに、近くの不動産屋へ駆け込んだ。めぼしいものを見つけ、親に契約の希望を伝える。
未成年で部屋の契約など出来るはずもない私は常日頃から一人暮らしの意志があることをアピールしていたので、両親どころか親戚みんな、いや、ご近所の方々にまで知れ渡っているはずだ。
だから両親は二つ返事でOKするはず。
にっこり微笑んだ両親。その口から出たのは。
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」
「──」
冷たい声と予期せぬ言葉に、こちらは思わず凍り付く。
冗談にしてはあまりにも目が本気の両親を前にして、言葉がうまく出てこない。
「お前なぁ。うちがどんな家かわかって言ってんだろうな?」
「そうよ。アンタ腐ってもこの塔崎(とうざき)家の一人娘よ? それがこんな安アパートに一人暮らしとか馬鹿も休み休み言えってのよ」
腐ってるは余計だと思いつつ、私はなんだか衝撃を受けていた。
──うちってひょっとして名家だったのか?
確かにそこそこ金持ちではあると思う。
この両親の口調では威厳を感じさせるどころか場末っぽいが、家は広い方だと思うし、使用人と呼ばれるような人たちも何人かいたりする。
でも私はあくまで極々普通の子であって。厳かな名前のお嬢様学院に通っているわけでもなく、近くにある公立の共学高校へ通う普通の女子高生。財政に至っては月額三千円の小遣い制である。勉強関連のものなら別計算として買ってもらえるし、特に欲しいモノもないので不自由はしていないけど、一般的に見ればむしろ少ないんじゃなかろうか。
それが、一人暮らしをするだけでこの言われよう。
どうやら、私は今まで十八年もの間、うちのレベルを知らずに生きてきたらしい。
言い換えれば、両親はあまり金をかけずに私を育ててきたということか。
……いや、不満はないから別にいいんだけど。
そう考えれば頷けないことはない。
要するに、私が家を出ていくとなれば話は別。
ご近所の方々には「金持ちだけどお高くとまっていない良い子」として都合よく見られているだろう私が、よりによってマジ庶民なアパート暮らしを始めたりなんかすると名家としてはいろいろと困ったりするわけで。
なるほど、とひとり納得すると、とりあえずぶち当たった問題に立ち向かうことにする。
私の通う予定の大学は、ギリギリ同じ県にあるとはいえ半端じゃない距離がある。とてもじゃないが自宅からなど通えない。
「で、私にどこで暮らせと?」
私のセリフに、今度は両親が驚いた顔をする。
「あんた、ホントに気づいてなかったんだ」
「一応隠してたとはいえ……まさかな」
何だ? 話が見えん。
屈辱に耐えながら私は言葉を口にする。
「……何の話?」
両親は一度お互いに顔を見合わせると、またこちらに向き直って言った。
「あんたの家ね」
「もう出来てんだよ」
* * *
「……はぁ」
新築の家を前に、溜息しか出ないこの状況。
まさかうちがこれほど金持ちとは思いもしなかった。
娘のために、それもたった四年間を過ごすためだけに、わざわざ家を建てるとは。
──なんてエコロジー精神のない親。
しかもなんかやけに広く見えるのは気のせいか。
見栄のためなのかなんなのか。パッと見、少なくとも風呂・トイレとリビング以外に八部屋くらいはありそうな造りをしている。
そう、ここ「光塔館」が明日からの、私こと塔崎洸香(ひろか)の家だった。
the glory day
2014/10/08 22:17 □ CANDY×GAME
2006年12月24日SiestaWebのCANDY×GAME特設で公開されたもの。
これも季節外れのクリスマスネタです。
考えてみれば、冒頭が「夕涼み」と似通ってますね。
—–
「ハァ?」
口から零れた疑問符に、自問する。
このセリフ、この相手に対して口にしたのは生まれてから何回目だ?
「いいじゃん、二日ぐらい。あんた暇でしょ?」
反省の気配すらない母親の口調。
俺は一体いつまでこのワガママに付き合わされるんだろう?
「勝手に決めんな。なんで俺が」
いや、まぁ確かに予定は入ってないんだけど、この態度では反抗のひとつもしてみたくなる。
母親は、むぅ、と小さくうなると、
「じゃあ『貸し』ひとつ消化していいから」
不服そうに、そう提案した。
「オーケー、マム」
現金にも即答してしまう自分が悲しかったが、まぁいい。俺にとって何より恐ろしいのは母親に対する「借り」。わずかとは言え、こんなことくらいで身軽になれるなら安いもんだった。
借りひとつと引き替えになったのは、二日間の労働。
十二月二十三、二十四日。ケーキ屋でのアルバイト。当然給料は別に出る。
お気に入りの店でたまたま人手問題を耳にしたらしい我が家のボスは、「じゃあ息子を派遣するわ」なんて勝手に話を決めてきたらしい。
あまりの横暴さに渋ってはみたものの正直なところ、アルバイトを許してもらえない俺としてはむしろラッキーだ――と、思ってた。条件を聞くまでは。
「毎年なんだけど、うちの店、二十三日から三日間だけ特別にこんなのを売るのよね」
バイト予定の十日前。顔見せ程度に説明を受けに行くと、小柄な奥さんに示されたのはラッピング済みの小さなチョコレートマフィン。パウダーシュガーの隙間から褐色の肌が覗く。
天下の「カプリチオ」がなんでこんな地味なものを? と不思議な顔をしていると、店の主人と奥さんのなれそめなんかを説明代わりに聞かされた。……が、途中から聞く気をなくしてあまり覚えていないのでその辺は割愛する。
まぁ、とにかく、俺の役目は奥さんの妹が手伝いに来るという二十五日を除く二日間、このクリスマスマフィンを売ること、だった。
「店は九時までだけど、これさえ完売したら帰ってくれていいから。お給料は日給で払うわ」
「へぇ、じゃあそれさえ売り切ればとっとと帰れるわけですか」
「そ、なかなか美味しい条件でしょ?」
確かに。他のケーキをそっちのけで、とにかくこれを売りさばけばいいわけだ。日給一万の好条件なうえ数時間で帰れるとしたら、これほど美味しい話があろうか。
「で、いくつ売るんですか?」
俺の質問に、奥さんはにっこり微笑んで、驚くほど澄み切った声で答えた。
「一日七百五十個」
…………
今、なんて?
「二日でたったの千五百個よ。……頑張ってね、藤原くん」
*
サンプルにもらったマフィンは、確かに味はよかったが、驚くほど甘くなかった。材料には最近よくコンビニで見るようなカカオの濃いチョコを使っていて、上に振りかけられたパウダーシュガー以外、砂糖はほんの少ししか使われていないらしい。
試しにシュガーのかかっていない部分をちぎって食べてみる。やっぱり全然甘くない。
うん。まるで今日、俺が目にした世の中のよう。……わかってたけどさ。
この小さな町であんなシンプルなマフィンを七百五十個も売れと?
『毎年結構残るけど、今年は大丈夫ね。君みたいな子が売り子してくれるなら』
『店先に出るともっと売れるんだけど、寒いのよね』
言われたセリフが次々と脳内でこだまする。あの奥さん、狸だ。
バイトの子が毎年風邪引いちゃうのよ、なんて困った笑顔。それはつまり、こんな彼女の心の中をキレイに物語っている。
『店内で売り切れる自信なかったら、とっとと店先に出てよね』
まぁ、なんて言うか。
これで年末の俺の風邪引きは確定したかに思えるのだが。
こっちもそう簡単に負けを認めるわけにはいかない。
「……やってやろうじゃねぇか」
決戦の日まであと十日。
俺は速やかに、計画を実行に移した。
* * *
夜の間に雪が積もっていた。
十二月二十五日。
制服にコートを羽織ってボタンを留めながら外に出てみれば、辺りは一面真っ白で眩しさに驚く。すっかり晴れ上がった空の下拡がるのは、まさに白銀の世界。
「わぁ……」
思わず歓声が漏れた。昨日の帰りにはまだ降ってなかったのに。
玄関を開けた途端流れ込んできた冷たい空気に、手袋にくるまれた両手で頬を覆う。
踏み出すたび、サクリと小さな音を立てる道路の雪は、深さ五センチほど。飛び跳ねるように、より深さのない轍まで足を移す。
時刻は十時十五分前。予定の時間まで、まだ少し時間がある。小さい子みたいに、靴の下で雪が圧縮される感触を楽しみながら、私はのんびりと歩き始めた。
そして、四軒目の家の前。
「ん?」
パタン、と玄関のドアを閉めて出てきた少年と目があった。
「――……っ」
なんでこういうタイミングで鉢合わせするんだろう。
「おはよ。昨日はお疲れっ」
慌ててごまかすもむなしく、
「お前、朝っぱらから何やってんの?」
開口一番にそんなことを言われて頬に血がのぼる。
「いい年して雪遊び?」
「……うるさいな。ちょっと童心に返ってただけじゃん」
「あっそ」
憎たらしい嘲笑を残して、目の前のコート姿はさっさと歩き始めた。
「……あれ? 公隆、お前も学校?」
コートの裾から覗く制服のスラックスに、思わず問う。
「霧島のじじいに呼び出し食らった」
「あぁ、それはご愁傷様」
苦笑混じりに出てきた「霧島」というのは我が校国語科の先生で、公隆の所属する部の顧問。似合わないことこの上ないが、彼は一応「文芸部」に所属している。
と言ってもその実態は部員一名で活動実績ゼロ。公隆自身、知り合いの先輩に泣きつかれて仕方なく籍を置いただけの、実質帰宅部と同じ、名前だけの部だった。そんな状態でなぜ存在自体がなくならないのかというと、要するに顧問の小間使いというか、手助けする役割を当てられているから。最近の主な仕事は、文集関連手書き原稿の打ち直し。
とても穏やかで優しい霧島先生は、ほとんどパソコンが使えない。超鈍足ながら途中までは自分でやろうとするものだから、「手伝ってくれないかな?」なんて控えめな言葉で彼に頼み事をする頃には、大抵手遅れ寸前の状態になっているとかいないとか。
「……お前は部活?」
なんとなく哀れみの目を向けていると、彼は少し不思議そうな顔でこちらの服装を見る。
公隆と同じく制服にコート姿。ただ、学生鞄片手の彼とは違って、今日の私は手ぶらだ。持ち物はコートのポケットに入っている財布と携帯だけ。
「いや、今日は休み」
「……じゃあ、なんでこんな日にわざわざ」
酔狂な、と眉を寄せる彼の顔に、それは、と答えようとした瞬間、
「っ!!」
――頭に衝撃が走る。
「なっ!?」
ぶつかってきた何かに押される形で俯いた私の耳に、公隆の驚く声が響いた。
「――……」
乱れる髪と一緒にバラバラと落ちてきたのは――砕けた雪の固まり。
次いでわずかな痛みと冷たさが認識され始めた。
「おい、悠里。大丈――、っ!?」
とっさにこちらをのぞき込んだ彼の言葉も途切れる。
「痛(い)って……、ちょっ、なんて遊びしてんだあいつら!」
後方に視線をやりながら、焦ったような声を漏らす公隆。
雪玉の飛んできたその方向には数人の子供の声。聞き覚えがある、近所の悪ガキども。
知らず、笑みが漏れた。愛すべき目標は大胆にも隠れてなどいないわけだ。
「公隆、」
顔を上げると同時に濡れた髪を払う。
首筋から小さな欠片が服の中に入ったけど、そんなことどうでもいい。
今重要なのは――腹の中にある悔しさと、怒り。
幸いにも、まだ時間はあるから。
「付き合え」
「何?」
「……しつけだ」
* * *
数分後、永沢悠里は正々堂々雪玉で、通行人を襲撃したガキどもを平伏させていた。
二度とこんな遊びはするなと脅迫――もとい、説教を締めくくった悠里を羨望の眼差しで見送るガキども。いやぁ、もう、俺でも惚れ惚れするほどの男らしさですね、まったく。
まぁ、その件に関してはとりあえず、その後、彼女が近所のガキから姐御と呼ばれるようになったことだけ記述しておく。
再び歩き始めた通学路。ふたりして濡れた手をハンカチで拭いながら。
「――あ。お前さ、原稿受け取るだけならすぐ終わるよな?」
唐突に訊ねられ、そう言えばさっきの話が途中だったことに気付いた。
「あ? まぁな」
「じゃあさ、ちょっと協力しろよ」
「……何に」
「客の頭数。合唱部のクリスマスコンサート」
「あぁ、なるほど。塔崎(とうざき)から呼び出しか」
納得した。そう言えば小さなポスターがいくつか廊下に貼ってあったっけ。光塔館(我が校)が誇る弱小合唱部の恒例クリスマスコンサート。合唱部員でもあるクラスメイト・塔崎洸香(ひろか)が「休みに入ってからやるもんで客が少ないのよね」とかぼやいていたのを思い出す。
「ってか、アイツいくつ兼部してんの? 珠算部と吹奏楽部にも入ってなかったか?」
「いくつだろうな。私の知ってる限りでは茶道部と華道部にも入ってるよ、確か」
「どうせなら文芸部にも入ってくんねぇかな……俺辞めたい」
俺のセリフに笑いながら、彼女は外していた手袋をコートのポケットから引っ張り出した。
――……!?
手袋に覆われる寸前、ふと目に入った彼女の手にぎょっとする。
左手の中指、雪の光を反射して銀色に輝くそれは、――どこをどう見ても指輪で。
思わず、その手首を取った。傷のないシルバーリング。本当に輪っかだけのシンプルなデザインで、それでもそこそこ質は良さそうに見える。
俺の唐突な行動に驚き、一瞬訝しげな顔をした彼女は、俺の視線がどこにあるかを悟ると、少し恥ずかしそうに笑った。
「――……これ、昨日もらったヤツ。似合わないよな」
*
原稿を受け取ってから、連れて行かれたコンサート会場は校舎最上階のホール。客は俺たちの他に二十人ほどで、ホールは確かにガラガラではあるものの思ったよりも多かった。
ジングルベルや赤鼻のトナカイなんかのメドレーから、アカペラのJoy to the World、Deck the Halls。
なかなか悪くない歌声の中、時折、傍らに座る彼女の方を伺う。
目を閉じて、眠っているんじゃないかと思うほど静かに耳を傾けている悠里。
膝に置かれた左手には、やっぱり指輪が静かな光を放っていた。
正直言って、本当に似合わない。
――意外。そんな物好きがいたなんてなぁ。
*
計画は面白いほどに成果を上げた。
恐ろしいほどの客が訪れ、クリスマスマフィンは二日とも閉店時間を待たずに完売。
「すごいわねぇ。やっぱり若い男の子がいると違うのかしら。来年もお願いしたいわね」
店先に出るどころか、レジから身動きすら出来ないような大繁盛ぶりに、俺のしたことを知らない奥さんは目を丸くしてそう言った。
「母親の許可が降りれば、是非」
人の多さにマフィンが売り切れた後も結局手伝わざるを得なくなり、やっと客足が途切れたと思ったら七時を回っていて。ショーケースの中にはほとんど何も残っていなかった。
「じゃあ、俺もうあがらせてもらいますね」
「うん。あ、いや、ちょっとだけ待ってて」
何かを思い出したように奥へ引っ込む奥さんの言葉に従い、俺はレジの椅子に腰掛けてぼんやり天井を見上げていた。
母親の下以外でまともに働いたのも客商売も初めてで、こういうのを緊張の糸が切れたというのか。怒濤の二日間だった。
「ふ――……」
目を閉じて、静かに長いため息を吐く。
ふいに、店の外に気配を感じた。
カラン、と可愛らしい音を立てて開いた扉の向こう――
「……何やってんの? お前」
財布を手にポカンとこちらを見ている永沢悠里(お客様)へ、
「いらっしゃいませ」
にっこりとそつのない営業スマイルを向ける。
「お前がここでバイト? 似合わなすぎだな」
「昨日と今日だけだけどな。なんにする? つっても、もうほとんど残ってないけど」
ショーケースを示す俺に、彼女は目を丸くする。
「マフィンも完売?」
「あぁ、それが一番。三時頃だっけな?」
「毎年残ってるのに……やっぱりかぁ」
残念そうに眉を下げる仕草。
「二十五日って数少ないよな。毎年お昼過ぎに完売してるし。今年はもう無理か……」
この三日間限定のクリスマスマフィン。毎年同じ数だけ作っていて、三日目だけは二日分の売れ残りを考慮してかなり数を減らしてある。そのことを知っている彼女はどうやら古参のファンだったらしい。
ほんの少し、罪悪感が胸を刺す。だって俺が何もしていなければ、彼女はおそらく今この瞬間、目的のマフィンにありついていただろうから。
「……シフォンとアーモンドタルトならいくつかあるけど、どうする?」
「じゃあ、せっかくだしそれ。ふたつずつ」
「はい、じゃあ、千百円」
保冷剤と一緒にケーキを箱に詰めていると、
「ごめんごめん。お待たせ、藤原くん」
慌てたような声が後ろから聞こえてきた。
パタパタと店に戻ってきた奥さんは客がいるのを見て一旦口をつぐみ、
「あ、いいですよ。知り合いですから」
俺を指差す悠里の言葉に表情を崩した。
「これね、藤原さんから頼まれてたの。家族分、持って帰って。お代は要らないから」
お疲れ様、ありがとうね。明日にはお給料用意しておくから。
そう言って、差し出された紙袋を受け取った俺に、二日間だけの雇い主はとても満足そうに微笑んでくれた。
悠里と共に店を出て、帰路につく。
「寒……、これ雪降るかな」
手袋を忘れたらしく、指先に息を吐きかけながら。身を縮めて空を見上げる彼女がそう呟いた。
「……かもな。嫌だ嫌だ」
「なんで? いいじゃん、ホワイトクリスマス」
「寒いだけだろ。……ってか、お前ってロマンチック風味な言葉、ホント似合わねぇな」
「ぅわ、ムカつく」
そう、絶望的に色気のない彼女。
でも、まぁ、それこそが彼女らしい気もするし。
「ま、いいんじゃね? やっぱ色気より食い気だろ」
ハイ。
笑いを堪えながら、ふくれっ面に差し出してやる。
「え? これ……」
彼女の手のひらにちょこんと乗ったのは、可愛らしい包装のクリスマスマフィン。
「さっき渡されたヤツ。俺の身柄と引き替えに、確保してあったんだと」
予約不可商品なのにずるいよな、と続けて、笑ってやる。
「もらっていいの?」
「いいよ。俺もう食ったし。十日前に」
自分の罪悪感をごまかすように、彼女の頭に手を載せて。
「メリークリスマス。有り難く食え」
恩着せがましいセリフに、彼女はほんのわずかに笑みを浮かべた。
そうだ。あの時は確かに。
――彼女の指に、指輪なんてなかったはずだ。
*
「じゃあ俺、店寄っていくから」
「あ、私も行く。もしかしたら残ってるかもしれないし」
あるわけねぇだろ。昨日の一個じゃ食い足りないのか。
往生際の悪い少女に、心の中で毒づく。
この販促計画、誰が立てたと思ってんだ。売れ残り必至のマフィンが両日早々に完売だぞ? 数も少ない三日目(今日)に残ってるわけないだろうが。
かといってそれを口に出したところで、「行ってみなきゃわかんないだろ」と意地になるのは目に見えていたので、俺は彼女がついてくるのを止めはしなかった。
……あと正直なところ、もう少し彼女と一緒にいて、指輪を与えたその物好きのことを何かしら聞き出したいと思っていたのも、否定出来ない事実なのだけど。
カラン、と音を立てるドアをふたりでくぐる。
店には誰もおらず、閑散としていた。ショーケースには完売のプレートが並んでいて、一見で何も残っていないのだとわかる。
ドアベルの音を聞きつけ、奥の部屋から近づいてくる慌てた足音。
「あ、藤原くん。ちょっと待ってね」
覗いた顔はこちらを確認すると一旦引っ込んで、すぐまた戻ってきた。手には簡素な給料袋。中身は約束の二万よりも多い。
「条件外で随分手伝ってもらっちゃったから、色つけといたの。こんなに繁盛したのも君のおかげだからね」
にっこりと笑う奥さんに、こちらも儀礼的な笑みを返す。
「まだ早いのにもう全部完売ですか?」
「おかげさまでね」
「……それじゃ、俺はこれで。これからも繁盛を祈ってますよ」
一礼し、くるりと引き返す俺の背中に、
「――でさ、誰に当たったの? 指輪」
雇い主からそんな言葉が投げ掛けられた。
「っ!?」
弾かれたように振り返る俺に向かって、カプリチオの性悪狸はニヤリと笑う。
「……っ、知ってたんですか」
「まぁね。食品衛生の面からは反則だけどなかなかいい話題作りだわ。『クリスマスプディングの代わりにカプリチオのクリスマスマフィンはいかが? どれかひとつにこっそり指輪が入ってるんだって』。真偽は確かめようがないし、やっぱり夢があるよね。……でも、出来れば保健所からの電話は受けたくなかったなぁ」
ピクリと顔色を変えた俺に向かって、くすくすと笑い出す。
「……すみません。噂流した時にはそこまで広まるとは思わなかった」
「結果オーライよ。それはもういいからさ、質問に答えてよ」
「――質問?」
意味がわからなかった。質問? 俺、今なんの話をしてたっけ?
記憶を辿る。今日した会話の中で質問らしい質問なんて……
『――でさ、誰に当たったの?』
――……!
とっさに悠里を振り返る。俺に向けられた苦い笑い。
まさかあの質問は、俺の流した嘘を揶揄したものじゃなくて。
「……あ――、俺です」
「あっはっは、よかった。狙い通り」
俺の流した噂を知ったこの人は、こっそり本当に指輪を仕込んでいたのだ。――売り物として扱われない、藤原家用のマフィンのひとつに。
「藤原くん、来年もお願い出来る?」
「また保健所からラブコールされてもいいのなら、喜んでね」
*
店を出た直後、少女の左手に輝く銀色に、ため息が漏れた。
どこか安心したような、つまらなさに落胆したような、不思議な心境。
「――俺か、お前に指輪やった物好き」
「……わかってんだと思ってた」
呟く声に、今朝の言葉が蘇る。
『これ、昨日もらったヤツ』
なるほど。確かにそう取れないことはない。
あれは誰かにもらった指輪だと説明する言葉じゃなく、指輪なんて柄にない彼女が言葉少なにした当選の報告。照れ笑いながら言った、とても控えめな礼だったのだ。
……残念ながら、全然、さっぱり気が付かなかったけれど。
そりゃそうだろ? 指輪が入っている可能性がゼロだと確信を持って言えたのは、この町で唯一、噂を流した張本人である俺だけだったんだから。
「似合わないのはわかってるけど、せっかくだから今日一日くらいはつけとこうかなってさ」
幸せになれるらしいから。
そんなことを言いながら、彼女は左手を太陽にかざす。
風は相変わらず冷たいけれど、雪はもう随分溶けている。
ぬかるんだ道を歩きながら、眩しげに指輪を見つめる彼女の横で。
俺はわずかに舌打ちをした。
――クソ。
気に入らない。
情報操作したはずの俺が、結果的にひとり踊らされてたって事実が。
傍らの穏やかな微笑みを、――ぶち壊してやりたくなるほどに。
* * *
クスリと。
今、確かに、吐息のような笑みが隣の男からこぼれた。
気になって、チラリと流し見ると、
「ずっとつけとけ。よかったな。これで心配しなくて済む」
どこか笑いを含んだような声で、そんなことを言われる。
意味がわからない。
「……あ? 心配?」
見下ろしてくる目は、明らかに嘲笑している。
「お前さ、『幸せになれる』ってどういうコトかわかってる?」
「は?」
なんて居心地が悪い空間。私だけが正解をわからずにいる。『幸せになれる』がどういうコトか?言葉のままの意味以外に何が?
眉を寄せっぱなしの私に、公隆はにっこりと微笑んで、
「おめでとう」
細めたままの目で、告げた。
「――早く結婚出来るらしいぜ? よかったな、チチなし」
振り下ろした拳は予想通りとばかりにあっさりとかわされ、少年は笑いながら濡れた道を駆け出す。
「っ、余計なお世話だ!」
際限なく拡がる青空の下。
指から抜いた銀色は、太陽の光を浴びて白く輝きながら、公隆の頭に命中した。