「テキスト」カテゴリー
今まで書いたショートショート・小説等、文章置き場です。
拙すぎてカテゴリ名を「小説」とするのすらおこがましい気がしたので「テキスト」。
基本的にどんでん返しを目標に書いてたり、書いてなかったり。
高校時代とかに書いたものも結構あるので正直黒歴史ですが、面倒なので開き直って手直しもいいわけもなしです。
いくつかはイベントで無料配布した「夢見るものたち」に収録しています。
投稿が「夢見るものたち」より前の分に関してはほぼ全部学生時代に書いたもの。
ツッコミどころが満載なのは自分でわかってますので、そこは流していただけるとありがたい。
最近のもツッコミどころが多いのは大して変わりませんが、まぁ、まだマシかと。
伏線を意識し始めたのはCANDY ×GAMEシリーズの途中あたり(2005年)から。
そのへんから書くものがガラッと変わった気がします。
#01 Prologue
2014/10/02 00:09 □ 城ノ内探偵事務所
「どうも初めまして。当事務所所長の城ノ内です。どうぞ、かけてください」
机の向こうで椅子に腰掛けた男が、にこやかに笑いながら着席を促す。
「はい、失礼致します」
五月のある晴れた日。私が訪れたのは郊外にある雑居ビルの一室。
応接スペースは別にあるようだったが、通されたのは部屋のど真ん中だった。
その事務所は陽当たりが悪く、真っ昼間であるにも関わらず薄暗い。おかげで窓を背にした相手と向き合っていても、ほんのり後光が差している程度で特に眩しくはなかった。
所長と名乗ったその男をほんの数秒だけ観察する。見た目はずいぶんと若い。年齢は二十八と聞いていたが、もう少し若く、いや、幼く見える。片側だけ掻き上げた髪型に、外見年齢を上げようという努力が見えるけれど、それでも十代と言ってもギリギリ通用してしまうくらい。
「えーと、園田あかりさん。年齢は二十三歳、と。……緊張してます?」
机に置かれた履歴書はたった今、私が渡したもの。そこに書かれた名前を読み上げ、男はちらりとこちらを流し見る。
その一瞬の視線に、すべてを見透かされているような錯覚を覚え、身体が跳ねた。
「っ、はい。少し」
少し? どこが? 心の中で自分が自分を嘲笑う。心臓の音がうるさい。
とっさに胸にやった手が震えているのに気付いて、思わず苦笑しそうになった時。
「別に、取って食いやしませんよ」
くすりと、目の前の男が笑った。
「……っ」
予想以上に子供っぽい笑い方。整った顔立ちも相まって、私の心臓は一度だけ、違う種類の音を立てた。
病的に見えるほどに白い肌。色素が薄いのか、髪も染めているわけではなさそうなのに真っ黒ではなく、わずかに茶色がかっている。美少年や美青年というよりは中性的な容姿。スカート穿いてカツラでも被ればそれだけで十分女の子に見えるだろう。
くすくすと笑う声が、緊張に拍車をかける。
踏み込んではいけないところへ来てしまったような気になってくる――
「で、いつから来られるんですか?」
「……えっ?」
突然の質問に、ハッと我に返る。思わず素っ頓狂な声が出て、また笑われた。
「採用すると言ってるんです。うちの事務員募集に応募してきたんでしょう?」
「え、でも、私まだ何も聞かれてませんが」
「経歴は履歴書もらったし。派遣で事務やってたんでしょ? じゃあ問題ないよ。人となりは見りゃわかる」
「……はぁ」
「僕は、あなたを信頼出来る人間と判断しました」
まっすぐにこちらの目を見て、そんなことを言う。何か問題ありますか? と笑って。
その笑顔に、心の奥底がずきりと痛んだ。
――やめて。
「私はいつでも……明日からでも、今日からでも構いません。所長の指示に従います」
「んー、じゃあ明日からにしよっか。片づけて机も用意しておくから」
不思議なくらい楽しそうな話し方に、はい、と短く答える。
「それから、僕のことは名前で呼んでください。所長ではなくて」
「はい。えっと、城ノ内さん」
「ん、OK。僕と君しかいない事務所で所長とか呼ばれるの滑稽だと思うんだよね」
「そうですか?」
「うん。それに僕は堅苦しいの苦手だから。園田さんはそういうのきっちりしたいタイプ?」
いつの間にか、彼は口調を変えていた。親しみを込めて、――馴れ馴れしく。
自分より年上なのに、まるで弟のよう。
人懐っこいその笑顔が、誰からも愛されてきた人生を体現しているようで、少し息が苦しくなる。
「…………園田さん?」
名前を呼ばれ、またハッとする。
「あ、えっ、と」
取り繕うように、こちらも笑顔を作って。
――いけない。ちゃんとしないと。
あっさり採用が決まったとはいえ、彼と上手くやれなければ元も子もない。
「……いいえ。出来れば名前で呼んでほしいです。苗字でなく、名前で」
私の回答にきょとんとした顔が、数秒かけてまた笑顔に変わる。今度は先ほどとはまた違う、困ったような笑い方だった。
「OK。なんかセクハラっぽいけど、本人が望むなら問題ないよね」
そんな彼の言葉を、沈黙のまま、笑顔で肯定する。
「ようこそ、城ノ内探偵事務所へ。末永く、よろしく頼むね。あかりちゃん」
差し出された手を、握り返す。色々なものを振り払うように、精一杯力強く。
「はい!」
時間にしてコーヒー一杯分の世間話をした後、明日からの上司に見送られ、私は事務所を後にした。
建物の外に出て、一度、事務所の窓を見上げる。
城ノ内探偵事務所。
明日から私の職場になるその場所は、外から見てもやっぱり陽当たりが悪かった。
城ノ内公開
2014/10/02 00:01 □ 城ノ内探偵事務所, 日記
今さら感がありますが、小説家になろうとpixivで公開中の「城ノ内探偵事務所」本編をここでも公開します。敢えて急ぐ必要もないと思うので、ぼちぼち追加の予定。
で、その他公開してるものがバラけてる感じがするのである程度の統一を図る感じで、
・小説家になろう に「夢見る」収録の全編追加予定
(pixivでは烏楽アカウントで既に公開中)
・CANDY×GAMEシリーズもここと小説家になろう/pixivに追加予定
(「黄泉がえり。」と特設で公開してる分)
ある程度自分の書いたものをまとめて見られるところがあってもいいかな、と思ったもんで。
大抵本にしちゃってて本にしたものはあんまり公開してないので中途半端感は否めませんけども。
光塔館異人録も、こことpixivで試し読みくらい公開しようかなぁ。HappyReadingの投稿分くらい。三話構成の一話全部公開してもいいけどそれって本の半分以上だしなぁ……。
黄泉がえり。
2005/08/30 00:52 □ CANDY×GAME
(CANDY×GAMEシリーズ 第一話)
目が覚めたら、見知らぬ部屋にいた。
いや、嘘だ。見覚えはある。
机、本棚、床に散乱した雑誌。
そして、壁に掛かっているのは近所の醤油屋製の色気のないカレンダー。
すべてに見覚えがある。
ただ、見覚えがないのは目の前のコイツ。
いや、顔自体は知っている。コイツはこの部屋の主。
小さい時から面識のある顔だ。忘れはしない。
見覚えがないのは、この表情。
なんだコイツ。
なんでそんな泣きそうな顔してるんだ。
最初は目をまん丸にした。
次に無言でジロジロ観察。
そして、下手すると唇が触れそうなくらい近くによって――
で、こんな顔だ。
多分、コイツのこんな顔を見たのは人生で初めてで。
正直、面食らった。
そして極めつけに、言ったのが。
「お前、本当に生き返ったんだな」
こんなセリフ。
「…ハァ?」
思わず返す疑問符にトゲが仕込まれる。
何を言っておるのだ、コイツは。
ついに頭がおかしくなったのか。
「本当に、ホンモノなのか? 幻とかじゃないよな?」
触れて実体があることを確認する。
「………おい、公隆」
なんでもいいが触れるなら普通、肩とか頭とか、手とかさ。
「泣きそうな顔でヒトのチチ触るなよ」
腐ってもワタシ、女の子なんですけど。
普通なら蹴り倒してやるところなんだが、相手がこんな顔してちゃやりづらい。
「本物だ……ホントなんだな……ホントに……」
何がどうなってるのかわからないが、彼の説明によると私は死んだらしい。
その私がなんでまたこんなところにいるのかというと。
彼、が生き返らせた、んだそうだ。
「そうだよ。お前が突然死んで、みんなどれだけ悲しんだと思ってんだ」
「いや、悲しんでくれるのは有り難いんだが」
「色々勉強したよ。医学から薬学から陰陽道から黒魔術から」
「………」
後半に何か次元の違うモノが含まれた気がするが、聞かなかったことにする。
ふと目をやった机の上にはなにやらあやしげな注射器が。
シリンジは押し出された形で、中身はない。
自分の右腕を見ると、小さな赤い点。
「……マジ?」
「信じないのか」
「信じられると思うのか」
不毛な会話だ。
「いいよ、信じなくても」
「…あ?」
「俺は、お前が生きてさえいてくれればそれで」
絶句。そのあまりにうさんくさい、もとい、爽やかなセリフに思わず鳥肌。
「…あー、まぁ、その、何だ」
「悠里」
急に手を引かれ、バランスを崩して彼の腕の中に倒れ込む。
私たちはお互いに相手に対してそんな感情なんぞ持ち合わせていないはずだが、こうなると一気に赤面した。コイツは、今、何かおかしい。
「お前、今何やってるかわかってるか?……放せよ」
「あ、悪い。やっぱ実感わかなくて」
あっさりと解放してくれたので、一歩後ずさってからホッと一息。
壁の時計に目をやると、午前3時を過ぎたところ。
「……とりあえず帰るわ」
「あぁ、そうしろ。おじさんおばさんもきっと喜ぶ」
儚げな笑顔に再び鳥肌。
3軒挟んだ隣の我が家。玄関の鍵は開いていた。
自分の部屋に着くと、鍵を閉め、さっさとベッドに潜り込む。
朝、学校へ向かう途中で公隆に会った。
「いーっす」
「お前さ、昨日うち来なかったか?」
第一声がコレ。
あぁ、残念。やっぱり夢じゃなかったか。
「昨日、部屋の鍵かけ忘れてたんだ」
「難儀なことで。でも、普通子供のもんなんだろ?」
「んー」
そう、私は「睡眠時遊行症」。俗に言う夢遊病だ。
普通大人になるとなくなるものらしいんだが、残念ながら、今のところ自室に鍵が欠かせない身だったりする。
対する彼は虚言癖。ただし愉快犯の偽物。昨日の場合はそれプラス寝ぼけ。
よくもまぁ、起き抜けの頭に吹き込んでくれたもんだ。
「しかし、お前、クスリでも始めたのか?」
「バカ言え」
「じゃ、あの注射器…」
「あれは糖尿のインシュリン。猫用のな」
あぁ、なるほど。お宅の黒猫の使用済みでしたか。
「なぁ、ところで、何で私は死んだんだ?」
右腕の虫さされを掻きつつ、笑いながら学校へ向かった。
夢見るものたち
2005/08/30 00:31 □ 短編・ショートショート
やわらかな朝の光に包まれ、僕はいつものように目を覚ます。
ベッドの横に置いてある棚の上にあるはずの目覚ましを、目を閉じたまま、手探りでつかもうとする。
…が、手は空中で空回りするだけで、目的のものには一向に触れられない。
――あれ? 寝ぼけて叩き落としたかな?
僕はぼんやり目を開けた。10年来、寝起きを共にしてきた目覚まし時計。
叩き落としたわけではなかった。それはちゃんとそこにあった。
多少、場所が移動させられていたけど。
針が示す時刻は8時半。
――8時半?!
しまった。遅刻だ。思わず跳ね起きる。
入社してから6年、一度たりとも遅刻なんてしたことなかったのに。これじゃ間に合わない。
反動のように起こる脳貧血と、窓から流れ込んでくる強い光で一瞬、目の前が真っ白になる。
ベッドの横に揃えてあるスリッパを履き、一歩踏み出したときだった。
僕はやっと気づいた。
白いカーテン、白いベッド、白い床、白い棚――すべてが白一色の小さな部屋。
――どこだ、ここ。
枕元に垂れ下がる物体。見たことがある。ナースコールだ。
思い出したように鼻も活動を始める。消毒液のにおい。
清潔でいて、妙に落ち着かない気分にさせるこのにおい。
――病院?
そう、病院だ。なんで僕はこんなところにいるんだろう。
やけに重く感じる足をなんとか動かして、とりあえず目の前の白いドアを開けてみる。
ちょうどドアの前にいた、台車を手にした看護婦と目が合った。
彼女は目を丸くし口を開けたまま、台車を放り出してもと来た道をあわてて戻っていってしまった。
――失礼な。化け物でも見たような顔をして。
当たらずとも遠からず、だったかも知れない。少なくとも、その看護婦にとっては。
僕はその後すぐに、駆けつけた医者に鏡を手渡され、こう言われたのだ。
「あなたはもう何十年も眠り続けていたんですよ。意識が戻ったのはまさに奇跡です」
医者の話では、僕は28歳のとき事故にあい、今は65歳。
つまり、37年もの間昏睡状態だった、ということだった。
「嘘だ」
つぶやいてみても鏡の中の自分が本当だといっている。
別人のようになった顔が、時の流れを確かに示していた。
自分より年上に思えるこの医者たちも、鏡に映る僕よりは明らかに若いのだ。
「嘘だ…」
何かの間違いだ。僕が65歳? そんなバカなことがあるもんか。
37年? 知らない。知らない!
そんな長い間、僕はただ眠っていたっていうのか。
僕はただ、起きただけだ。目を覚ましただけなんだ。
なんでこんな長い時間を突きつけられなきゃならないんだ。
「悪い冗談だよ」
騙そうとしてるんだ。僕を騙して何になるんだか知らないけど。
だってそんな理不尽な話ってないじゃないか。
目が覚めたら僕はすべてを失っていました。仕事も、若さも、そして人生における37年という長い時間も。
すべて、すべて、すべて、すべて、すべて! そんなバカな!
気がついたら、医者の襟元をつかんで問い詰めるように叫んでいた。
涙があふれて、顎からしずくになって落ちるのがわかる。
深刻な顔の医者や看護婦。
「近衛さん、とにかく落ち着いてください」
僕を哀れむような、痛々しい表情で医者が言った直後、ひとりの看護婦の表情が変わった。
何かに気づいた様子で、パッと明るくなる。
「ほら、近衛さん、奥さんがいらっしゃいましたよ!」
――奥さん?!
「奥さん!近衛さん、意識が戻られたんですよ!」
「お電話したんですけどもう出られた後だったみたいで、いらっしゃらなくて…」
口々に話しかける看護婦。しかし彼女には何も聞こえていないようだった。
彼女の目は僕に釘付けになっていた。
やがて、涙が目の端からこぼれ落ちる。
「おかえりなさい」
ずいぶん年老いてはいたが、彼女の顔は確かに見覚えがあった。
「…咲子?」
僕と同い年の、僕の恋人。
僕にとっては昨日のようなもので、彼女にとっては37年前をともに過ごした、僕の婚約者。
彼女が――この、深くしわの刻まれた年配の女性が――。
涙で今にも崩れそうな笑顔。それが彼女の答えだった。
――Yes
「あ……あぁ…」
うめき声ともなんともつかないような声が、のどの奥から漏れ出した。
これは悪夢だ。
こんなことが、現実であるはずがない。
そうだ。これは夢なんだ。
頬をつねってみれば、きっと布団の中の僕は夢から覚めるはずだ。
そう思って、頬に手を当てる。冷たい手の感触。そして、軽い痛み。
嘘だ。現実であるはずがない。
僕の頭は、あくまでこの状況を受け入れようとしなかった。
無意識に、頬にあった自分の手に噛み付く。
周りにいた看護婦や医者たちは、僕が何を始めたのか理解できず、呆然と、ただ、見ていた。
僕の手から血がにじみ、それが僕の唾液と交じり合って腕を伝い落ちるころ、咲子が叫んだ。
「やめて! 何やってるの?!」
その声で、多分、そこにいた全員が我にかえった。もちろん僕も含めて。
血だらけになった右手の治療を受けている間に、僕の頭はずいぶんと落ち着いてしまった。
人間というのは意外と強くできているものだ。
自分自身が手の肉を噛みちぎってまで否定しようとしたこんな状況でさえも、僕はいつのまにか納得してしまっていた。
病室のベッドに腰かける僕の傍らには、咲子が座っている。
なんとなく言葉が出てこなくて、頭の中でうまい言葉を探し続けていた。
聞きたいことなら、たくさんあった。
何から聞けばいいのかわからないほどに。
僕のこと、会社のこと、37年間に起こった世界の変化のこと、
そして、この37年を、咲子はどうやって過ごしてきたのかということだ。
「奥さんだって…名乗ってたの、バレちゃったね」
不意に、彼女が口を開く。とても照れくさそうに、ひとことひとこと選ぶようにゆっくりと。
「籍なんか、まだ入れてなかったのに」
「僕はずっと、考えてたけどな」
そう、僕は眠る前からずっとそのことばかり考えていたんだ。
「ねぇ、私もう、奥さんでいいよね?」
少し、不安そうな声だった。
長い眠りの後で、気が変わったりしていないか心配だったのか。
「…君は僕の奥さんじゃないよ」
「え?」
「まだね。ちゃんと婚姻届を出そう。まだ昼だから今からでもいい。もっとも君がこんなじじいとじゃ嫌だっていうなら別だけど」
一瞬沈黙した後、彼女はふっと笑った。
「恥ずかしいですよ。じじいとばばあで婚姻なんて」
「そんなこと、かまわないよ」
顔を見合わせて、僕らはしばらく笑った。
僕らは、そのあと、本当に届けを出しに行った。
帰り道、子供みたいに手をつないで歩きながら、僕は言った。
「晩婚になってしまったね。本当にすまなかった」
「あなたのせいじゃないんだから謝ることはないわ」
「でも、37年も待たせてしまった」
口に出してから、言うのはとても簡単なことだと気づく。
僕にとって、この37年は架空の年月だった。
しかし、目の前の彼女は37年という本当に長い時を、実際に生きてきたのだ。
「じゃあ、ひとつだけ、願いをかなえてくれる?」
彼女は無邪気に笑った。37年の年月など感じさせない、あのころそのままの笑顔で。
「新婚旅行に連れて行って」
「…新婚旅行?」
「そう。昔一緒に遊んだところ覚えてる? あのタンポポがもう一度見たいの」
そうだ。子供のころ、ふたりで一緒に遊んだあの小さな土地。
一面にタンポポが咲き誇っていて、僕らは綿毛を飛ばして遊んでいたっけ。
「じゃあ、今から行こう」
子供のころに遊んでいたようなところだ。
数十分もあれば歩いていける。
「ちょっと待って。準備がいるの」
咲子は途中で家により、古ぼけたカメラを取ってきた。
「まだ、フィルムが残ってるのよ」
そういうところも変わっていない。
こいつは、たった一枚フィルムが残っているだけで、一年だろうと二年だろうと現像に出さない。
一枚なら適当に撮ればいいじゃないか、と昔言ったことがある。
彼女は、どうでもいい写真を一枚とるくらいなら現像しないほうがいい、と答えた。
大切なものだけ、撮りためていたいらしい。
このフィルムにも何年前の景色が写っていることやら。
目的地に着いたとき、僕らは目を疑った。
あのころと、本当に何も変わっていない。
目が覚めるような黄色い花たち。やわらかな風が吹き、舞い上がる綿毛。
僕らが子供のころに遊んだ土地だ。
咲子はああ言ったものの、本当に変わらない景色を見られるなどと思ってはいなかった。
なのに、ここの土地はまるで、あのころから時が止まっているかのようだった。
僕らは昔座った石の上に、同じように並んで腰掛けた。
言葉を失ったようにタンポポの群生を眺める。
しばらくして、思い出したように、咲子がカメラのシャッターを切る。
そして、ゆっくり話し始めた。
「あなたが事故にあって…、はじめのうちはね、このまま二度と目覚めないんじゃないか、って思ったりしたの。もしそうなったらどうしようって。何日もそればかり考えて、夜、横になっても全然眠れなかった」
僕はどう返していいのかわからず、ただ、黙っていた。
「考えないことにした。信じることにしたの。いつ目覚めるかなんてもちろんわからなかったけど。今日は目覚めなかった。でももしかしたら明日は目覚めるかもしれないでしょ? こう考えれば希望が尽きることなんてないもの」
僕に向かってシャッターを切り、子供のように笑いながら話す、その言葉が痛かった。
「ずっと、何考えてたかわかる?」
「…いや」
「あなたに最初に言う言葉。あなたの寝顔を見ながら、37年間ずっと考え続けてきたの。あなたが夢を見ている間、私はずっとあなたが目覚める時の夢を見てたのよ」
少し、視線を下げて続ける。
「結局、『おかえり』しか言えなかったな…」
残念、という表情だった。
「僕は…君になにもしてやれないのかな」
「なんで? 私は幸せよ。なんたって結婚したばかりなんだから」
僕の暗い表情を変えようと、おどけてみせる。
僕は少しため息をついて、足元に生えているタンポポをむしった。
「本当に君は強くなったね。いや、僕のせいで、強くならざるをえなかったのかな。でもね、僕が起きたからといって君は幸せになれたとは限らないだろう。例 え後10年はやく起きていたとしても、もしかしたら僕は君にとってよい夫になれなかったかもしれない。今の僕も同じだよ。37年もの間、眠っていただけの 人間に魅力はあるのかな? 僕は、君に何も与えてあげられない」
咲子は少し寂しい顔をしていた。
「私が…、何かを与えて欲しくて、待ったことの代償が欲しくて、あなたを待ってたとでも思ってるの? 私は、あなたが一緒にいてくれることだけで十分だわ」
「そうだね。僕にできることと言えば、ただ、これから先、一緒にいることくらいだ」
僕は言いながら、彼女の髪に花冠をかぶせた。
少々不細工だが、37年の寝起きで手先がおぼつかない状態で作ったにしては上出来だろう。
驚いている隙に、彼女の手からカメラを引ったくり、彼女に向けてシャッターを切る。
「覚えてるかい? 作り方は君が教えてくれたんだ」
咲子は今日初めて、心の底から、満面の笑みを浮かべた。
その顔に向けて、僕はもう一度、シャッターを切った。
一ヶ月後、咲子は急逝した。
死に顔は、花冠のときと同じくらいの笑顔だった。
僕とともに過ごした一ヶ月、彼女はいつも幸せでいられただろうか。
葬式の最中、僕はそればかり考えていた。
彼女との別れはもちろんつらかった。
ただ、彼女が幸せだったのなら、満足なようにも思えた。
僕が起きるのがあと一ヶ月遅ければ、僕も彼女も、ともに楽しい時を過ごすことなどなかったのだから。
彼女の葬式から三日が過ぎた日、庭に植えた木に花が咲いた。
この花の名前は知らない。咲子が植えていたものだ。
僕はひとり、この花の姿をカメラに残した。
自分が植えていた花だ。咲子もフィルムを無駄に使ったと文句は言うまい。
そして、それがフィルムの最後の一枚だった。
これで、やっとタンポポの冠をかぶった咲子が拝める。
僕はすぐにフィルムを現像に出すことにした。
はやく見たかったのだが、この町には短時間で現像してくれる写真屋がなかった。
しかたなく、カレンダーに丸をつけ、指折り数えて引渡し日を待つ。
引渡し日には、開店直後に店へ駆け込んだ。
店員から写真を受け取り、金を払って店を出ようとする。
「近衛さん、そのフィルム、いつから入ってたんですか?」
「さぁ、咲子が使ってたもんだからいつから入ってたことやら…」
「かなり古いものじゃないかと思うんですが…実は少し像が緩んでるんです」
「あぁ、まぁかまわんよ。しかたないんだろ」
「すいませんねぇ」
帰る途中、僕は待ちきれず、写真の入っている袋を開けた。
一枚目は、一面のタンポポが写っていた。一ヶ月前のものだ。
次は僕の顔。視線をやや下に向けている。
次の写真には花冠をかぶって呆然とする咲子の顔が映っていた。
ということは次が、僕の見たかった笑顔の咲子なんだろう。期待して次の写真を見た。
だが、そこにあったのは、一枚のぼやけた写真だった。
咲子の顔ではない。
――僕の顔だ。
一枚前のようなさえない表情ではない。満面の笑顔だ。
像がぼやけてあまりきれいには写っていないが、僕にはわかった。
――これは…37年前の写真だ
写真には37年前の僕と咲子の姿が写されていた。
4~5枚ずつ、違う場所で撮られている。
当然、そのすべてに、見覚えがあった。
僕が昔、彼女と一緒に行った場所だった。
これが咲子の大切な写真。
それらは、37年間、カメラが使われていなかったことも示していた。
僕は、彼女の時を止めていたのだ。
彼女の写真で切り取られる「大切な時」は、常に僕とともにあった。
最後の一枚は一ヶ月前、僕が撮った花冠で笑顔の咲子だった。
僕が一番見たかった写真。幸い上手に撮れていた。
彼女はきっとこの瞬間、自分は幸せだと感じてくれていたんだろう。
へたくそな冠の下で、彼女はいつまでも笑い続ける。
切り取られた時の中で、そう、永遠に――
高き塔より
2005/08/30 00:30 □ 短編・ショートショート
彼は言った。
「高所恐怖症の人間は、なぜ高いところが怖いんだと思う?」
私は黙って首を振る。
「怖いんだってさ。自分が、いつかそこから飛び降りるんじゃないかって」
彼の言葉には、確かに一理あるような気がした。
「おいで。怖くないから」
「だめ……やっぱり怖いよ」
彼に手招きされるまま、一歩前へ踏み出したものの、そこから先は自分の足が、凍りついたように動かなくなる。
学校の屋上。校庭では感じられない、強い風が背を押す。
それでも。
それでも私の足は動かなかった。
目の前に拡がる風景。いつもとは違う。ここは高い。高い。高い。高い。
――怖い。
ぐらり。
目の前が、世界が揺らぎ、立っていられなくなる。
呼吸が荒い。
いや、それは錯覚かもしれない。
今、私は呼吸をしているのか?
わからない。激しく脈動しているはずの心臓の音すら聞こえない。
「…ぁ」
震えた唇から、微かに声が漏れる。
「大丈夫。ゆっくりでいいから、そのまま這っておいで」
彼に言われるまま、硬直した腕で、足で、移動を始める。
自分の呼吸音さえ聞こえないのに、彼の透き通った声がやけに脳に響く。
「大丈夫だよ。君はここから落ちたりなんかしない」
「君に、あの景色を見せたいんだ」
つきあい始めて数ヶ月。放課後、彼はいつも私を屋上に誘った。
夕焼け空が、本当に綺麗だといって。
それを一緒に見よう、と。
「そうだ。君は鳥なんだよ」
フェンス代わりの低い壁に腰掛けて、ちらりと私を見る。
「鳥なんだから、落ちたりしない。翼があるんだから飛べばいいだけだ」
獣みたいに這いつくばっている私を背に、饒舌に語る。
「これは暗示だよ。ね?もう怖くないだろ?」
足下まで辿りつき、一息ついた私の腕を彼がつかんだ。
そのまま、引っぱり起こす。
「――――」
言葉を失う。
そこにあったのは、真っ赤な景色。
何もかもが赤く染まって、太陽としばしの別れを惜しんでいる。
「綺麗だろ?」
「…うん」
ふと、眼下に拡がる闇が目に入る。
あぁ、大丈夫。私、もう、落ちることは怖くないんだ。
だから。
とん。
その音はとても軽く。
彼の温かい感触が、私の手に残った。
空中に身を乗り出した彼が、一瞬振り返ったような気がした。
―― ナ ゼ ?
簡単。
私が高いところを怖がっていた理由はふたつ。
ひとつはあなたの言ったとおり。そしてもうひとつが――
「いつか自分が、そこから『誰かを突き落とす』んじゃないか」って理由だっただけ。