「短編・ショートショート」カテゴリー
Strangers
2005/08/30 00:24 □ 短編・ショートショート
「おかしいよなぁ」
学校の帰り道、また、俺の隣にいるヤツがつぶやく。
つきあいも10年以上になるが、俺は未だにこいつのことがよくわからん。
家が隣ということもあって、体が弱いらしいこいつのことをその母親に頼まれ、俺はガキの頃から毎日こいつと一緒に学校へ行っている。
しかし、こいつの一体どこが「体が弱い」んだか。
こいつがうちの隣に引っ越してきたのは俺が幼稚園を卒業した後だから、それまでのことはどうだか知らないが、俺とともに同じ小学校へ入学し、高校へ通う今の今まで、こいつが病気で学校を休んだことはない。
インフルエンザが流行って、学級閉鎖になろうが、学校閉鎖になろうが、こいつは元気だった。…少なくとも俺よりは。
それなのにどうしてこいつんとこのおばさんは「体が弱い」と思いこんでいるんだろう。
理由は見当が付く。ただ、こいつの頭が異常に良かっただけだ。
こいつは、一度たりとも徒歩の遠足やマラソン大会などに参加したことがない。
親に「うちの子は体が弱いんです」といわせておけば、行事不参加もとがめられはしないだろう。そのために、こいつは親や教師の前では「体が弱い」ふりをしているんだ。
俺は一度だけこいつに「何で遠足行かないの」と聞いたことがある。
こいつは答えた。「んなことしたら疲れるだろー」
それが小学2年の時だった。
「やっぱり変だよなぁ」
「おまえのほうがよっぽど変だ」
とりあえず軽く流してみた。
俺のわずかな抵抗だった。
「いや、そりゃわかってるけどさ…なぁ変だと思わないか」
やはり聞いてやらなきゃならないのか…。
相手にしたくはない。
疲れるんだよ、おまえといると。
最近のこいつの趣味は、社会やらの定説に異論を唱えることらしい。
とはいえ、こいつの言ってる意味が俺にはわからんし、もうわかろうとする気力もなくなってきていた。ただ、「はやくうちへ帰りたい」。そういう気持ちで適当な相づちをうち続けるだけだ。
ため息混じりであることを気付かれないように気をつけながら、結局俺は口にする。
…憂鬱な時間の始まりを告げるこのセリフを。
「何が」
かくして、俺の恐怖の時間は始まった。
「宇宙人」
頭のなかで、「はーいみなっさーん。今日の議題は宇宙人についてでーす」と言ってみた。
…って宇宙人?
宇宙人って言ったのか、こいつ。
「宇宙人が何?変だってか。だからどうしたんだよ」
ちょっと腹が立ってきた。今日は宇宙人話かよ…冗談じゃねぇ。
いるかどうかすらわからんくせにうだうだぬかしてんじゃねぇよ。くだらねぇ。
「いや、宇宙人じゃなくて宇宙人についての考えかたが変だって言ってんの」
「…あ?」
やはりこいつの言うことはいちいち意味がわからない。
「今の宇宙人説は間違ってる」
「……」
そんなことを、大まじめな顔で言われて俺はどうすればいいんだよ…。
っていうかおまえ見たんか?
「宇宙にはたくさんの星がある。生命が生まれないものもあれば、俺らとはまったく異なった生命体が生まれることもあるだろうな。例えば、かの有名なリトルグレイだとかさ」
「あぁ…」
俺は考えることをやめた。
こいつにつきあっててもいいことなんてねぇ。
いつものように受け流せばいいんだ。
「まず、宇宙人…異星人って言ったほうがいいか、まぁどっちでもいいや。宇宙人だとか異星人って言うと生まれてくる発想が、そいつらが人間に危害を加えようとしているとか、侵略しようとしてるってもんだ。ここがまずおかしいよな」
「そうだな」
よし。俺は頭の中でつぶやいた。今のタイミングは最高だ。これならやつも俺が話を聞いてないなんて思うまい。
「俺ら人間がほかの星で結構高度に発展した生命体見つけたとして、いきなり滅ぼそうとか思うんだかな?」
「さぁな」
「殺さないように実験するくらいはしかたないのかもしれねぇよ。俺らにはわからんけど、おとなしそうに見えても凶暴だったりするかもしれねぇって、闘争心 計るもんとかそいつら持ってるかもしれんだろ。でも侵略だとかそこまですんのかな?結局人間の発想ってのは行き過ぎなんだよ。マスコミにおどらされて、も しやつらが友好条約持ってきてたとしても、敵対心や恐怖しかない俺らにはわからんだろうな」
「あぁ、そうだな」
言いたいことはわかる気がする。が、俺には聞く気がないのでやっぱりわからん。
「そしてもうひとつのおかしい考え方は容姿についてだ。異星人がなんでみんな同じようなもんだと考える?地球上の生物だって同じ星で生まれて同じ星で生き てんのに全然違うだろ?異星人には種類がある。数種類なんてもんじゃなくて、もっといるはずだろ。そんなかに俺らと同じような格好して同じような体の仕組 みを持ってるやつがいないと言い切れるか?」
「う~ん…そうだなぁ」
俺の聞いてるふりもだんだん板に付いてきたようだ。
「いるとしたらもう人のなかに潜んでる可能性だって充分にあるってことだよ」
「あぁ、そうだな」
あ、さっきと同じセリフだ。まずい。聞いてないことがばれたか?
でも俺のセリフは会話からはそれていないはずだ。
しかし、こいつはそういうのには異常に敏感だった。
顔が近寄ってくる。なんか文句言ってくる気か?
「なぁ」
俺の話聞いてたか?と言われると思った。
「もし俺がそうだったらどうするよ?」
とりあえず、ばれていなかったと安堵する。
そしてゆっくり質問について考える。
…こいつが宇宙人だったら?
「別に…どうするってこともねぇだろ。多分、納得する…かな」
「どういう意味だよ」
今度は俺の言った言葉にこいつが眉を寄せる。
「おまえだったら宇宙人だろうとなんだろうとおかしかねぇってことだよ」
それほど変だってことだ。自覚しろてめぇ!
そんなこんなで、やっと家にたどり着いた。
今日の講義はこれで終わりだ。
やっと解放された。
「ただいま」
「おかえりなさい。あら、怪我したの?」
肘の辺りに絆創膏が貼ってあるのに気付き、母さんが言う。
「あぁ、ちょっとコケてさ。大丈夫だって、心配すんなよ。ばれてねぇから」
絆創膏にはかすかに血が滲んでいた。
酸素運搬に鉄ではなく銅を利用した、俺の青い血が――――。
あいつなら俺の正体を知ったときどうするんだろう。
明日にでも、俺の口から直接教えてやろうかと思った。
…でもやめた。
あいつの喜びそうなことなんざ、俺は絶対してやらねぇ。
Duplicate Key
2005/08/30 00:21 □ 短編・ショートショート
私が彼と出会ったのはちょうど一年前。
今日も私は仕事の帰り、彼の家へと向かう。
彼は恥ずかしがり屋さんだから何も言わない。
でも私にはわかるの。
彼は私を愛してくれてる。
だってそうでしょ?
嫌いな女に、合い鍵を持たせておく?
自分は外に出ないからって、ひとつしかない鍵を私にくれたのよ?
だから私のはそこいらの女が持ってるようなやつじゃない、正真正銘、世界にひとつしかない、とってもとってもすてきな合い鍵なの。
そう、一年前のあの時、降りしきる雨の中で、私と彼は運命的な出逢いをしたの。
お気に入りの真っ赤な車で、仕事場から帰る途中だったわ。
私の車の前をひとりの若い男が横切ったの。
それが彼だった。
彼は雨に濡れて、髪からしずくがポタポタ落ちてたわ。
とってもすてきだった。
こんな雨じゃタクシーもつかまらないだろうし、もともと人通りの少ない道だったから、私、彼をのせてあげることにしたの。
座席が水浸しになっちゃったけどそんなこと気にしない。
こんなすてきなヒトと車の中でふたりっきり。
バカみたいだけどすっごくドキドキしたわ。
彼はしゃべりかけてもなにも答えてくれなかった。
行き先すら答えてくれなかったのよ?
しかたないから荷物からこぼれ出てた免許証の住所を見たの。
本当、あの時からシャイだったのね。
彼の家は最新のセキュリティシステムを導入した高級マンション。
家賃も高いはずなのに彼はひとりで暮らしてるみたい。
一体どこで働いているのかしら?
聞きたかったけど初めて会ったヒトなのに失礼かなと思ってやめたわ。
それに彼の雰囲気からして、あぶない仕事とかしてるヒトかもしれないと思ったから。
なんだかミステリアスでますますすてきよね。
それから一年経った今でも彼はずっとかわらない。
あの頃のようにずっとすてき。
でも彼が一番すてきだったのはやっぱりあの時よ。
本当、タイヤの下で真っ赤に染まったあなたの姿──忘れられないわ。
絶対にはなさない。
誰にも渡さないわ。
彼はずっと私のものよ。
合い鍵をくれた私の大切な人。
合い鍵──指紋照合で使うあなたの親指、なくすのがこわくてずっとポケットに入れてるっていったらあなたは笑うかしら?
そろそろ、有効期限が切れるころだわ。
今日は防腐剤、忘れずに買っていくわね。
愛してるわ。私の運命のヒト。
Gatekeeper
2005/08/30 00:19 □ 短編・ショートショート
久しぶりに足音を聞いた。
わかる。十五・六の子供だ。
「帰れ」
わかる。言った瞬間、少年の顔がこわばった。
「ここはおまえみたいなやつがくるところじゃない」
「もう…いるところがないんだ」
俺は数ヶ月ぶりに顔をあげた。
その声は、少年が出すにしてはあまりにはかなげなものだったから。
少年は微かに笑みを浮かべていた。
「ここがどこだかわかってるのか?」
「わかってる」
ここはあの世とこの世をつなぐ門。
むこうの世界はどうなっているのかなんて俺も知らない。
死ななきゃここは通れないから。
それに俺はここを離れることができないから。
「帰れ。生きた人間はここを通れない」
「じゃあ…」
少年は微笑みをはっきりとした笑みにかえて言った。
「あなたがぼくを殺してくださいよ」
「俺は何もせん。死にたきゃかってにやれ」
俺は持っていたナイフを少年に放った。
それは地面にぶつかって、カラン、と音を立てた。
少年はナイフを拾い上げ、笑顔で言った。
「ありがとう」
少年はしばらくナイフを見つめていた。
やはりとまどいがあるのか、と俺は思った。
「ねぇ…どこが確実だと思う?」
意外なことばだった。
「さぁな」
「やっぱり首かな。心臓とかだと位置がずれるかもしれないし」
「……」
「切り落とすくらいやれば死ねるよね」
少年はおかしいくらいの笑顔で言った。
「じゃあね、お兄さん。ありがとう。さよなら」
そう言って少年はナイフを首に当てる。
ナイフはとてもよく切れた。
音もなく、少年の首を通り抜ける。
数秒後、少年の頭は体をはなれ、うつろな瞳をした生首が少年の足下に転がった。
「あれ?」
首が言った。
「お兄さん、なんかぼく死んでないみたいなんだけど」
脳天気な声だった。
「ああ。生きてるっていうのとはちょっと違いそうだがな」
「どうしよう? このままはちょっとつらいよね?」
「なにが?」
「いろいろと」
「…そうかもな」
俺は適当に答えた。
本当は知っていた。
この門の前では、死にたい人間がなにをやっても死ぬことはない。
それどころじゃない。
この門は人の望みをなにひとつ叶えたりはしないんだ。
ここから離れたいと思い続ける限り離れられない俺を見ればわかるように。
だが、四千年もこうしていると、たまには神様が扉の向こう側からしゃれたことしてくれるもんだ。
俺はこうして首と胴体の離れた自殺志願者という奇妙な話し相手を得ることができた。
今日も少年は自分の首を小脇に抱えながら俺にたずねる。
「ねぇどうやったら死ねると思います?」
「…さぁな」
「手」
2005/08/30 00:17 □ 短編・ショートショート
ずっとあなたを待ってる。
雨の降る日も、かんかん照りの日も、木枯らしの吹く日も、雪が積もる日だって。
ずっとずっと私はあなたを待ってるの。
あなたの手が好きだった。
あなたの大きな背中が好きだった。
ぶっきらぼうなその話し方も、何もかもが好きだった。
でもあの時、一緒に暮らせたらいいのにと言った私を、あなたは殺した。
あれはほんの冗談のつもりだったのよ?
あなたの生活を壊す気なんて全然なかったの。
週に一度しか会えなかったけど、私は満足してた。
ただ、あなたがそばにいてくれるだけで幸せだったの。
誰も私とあなたとのことを知らなかったのね。
あなたの奥さんも、あなたの子供も。
あなたのもうひとりの子供がここにいるなんて。
ねぇ、父さん。
公園の大きな木の下でずっとあなたを待ってるの。
あなたが最後に触れた、この手を伸ばして。
もう冗談でも一緒に暮らしてなんて言わないわ。
だからお願い。もう一度だけ。
もう一度だけ、やさしくこの手に触れてほしいの。
大王降臨
2005/08/30 00:14 □ 短編・ショートショート
この世のなかに何人『その日』が訪れることを願った者がいただろう。
一九九九年七の月。旧暦だから八月だとも言われていた。
恐怖の大王はおりてくるのを忘れてしまったのだろうか。
この汚らわしい、人間という生き物を葬り去ってくれるのではなかったのか。
結局、何も起こらなかった。
少なくとも、この東洋の小さな島国では。
「そういや『予言』って…結局当たらなかったよな…」
突然、伸也が言った。
九月に入り、新学期が始まっていた。
学校帰りにいつもの四人で喫茶店により、夏休み中のことを話していたところだった。
「なに?おまえ、まさか本気で人類滅亡信じてたわけ?」
義晃がバカにした口調で言う。
「いや…信じてたって言うと、ちょっと違うんだけどさ…」
「まぁね…べつに期待もしてなかったけど、なんとなく残念に近い感覚は私もある…」
香苗が伸也に助け船を出すように感想を述べた。
香苗はいつもさりげなくフォローにまわる。
「本当に…そう思う…?」
めずらしく、いつも無口なさやか清花が口を開いた。
いつも通りの真顔だった。
清花は三人からすれば少しかわった娘だった。
暗いわけではなく、控えめなわけでもなく、ただ、いつも黙っている。
いつも一緒にいるものの、三人とも清花だけはいまいち何を考えているのかわからなかった。
三人は不思議そうな顔で清花を見た。
「…どういうこと?」
「これからなんか…起こるとでも…?」
清花は首を振った。
「そんなことじゃない」
「じゃあ…」
「もう、人類は滅びてるのかもしれない…ってこと」
「は?」
三人は顔を見あわせた。
「これから私が言うことは…冗談として聞いて。本気にするとかえってあぶないから」
「……」
「このなかに、誰か七月…いや、八月からずっと起きてる人っている?」
「寝てないってことか?」
「いるわけねーじゃん…」
「そう、いるわけないよね。そして、この世界中探してもたぶんそんな人いない。」
三人は清花がなにを言いたいのかまったくわからなかった。
「つまり…自分が寝てる間になにが起こってても不思議じゃない」
「そうだけど…何が言いたいの…?」
「私たちはもう死んでる」
「……」
一斉に怪訝な顔をする三人をみて、清花は言った。
「いや、この言い方は適切じゃない。正確に言うと脳だけの存在になってる」
「なんとなく…話がわかってきた…」
「つまり…夢であると…」
「いや、でも夢ならこんなふうにすればわかるはずだぞ?」
伸也は頬をつねって見せた。
「確かにただの夢ならね。でも…私はいま寝てるあいだに脳だけの存在になったって言ったの」
「寝てるあいだに…?」
「そう、寝てるあいだに。私たちの意識がないあいだに、恐怖の大王…この理論だと地球外生命体っていうのが一番わかりやすいかな、いわゆる宇宙人ってやつ が私たちを実験材料として脳だけ摘出。そうして夢を見せている。そんな科学力があるかどうかはもち ろんわからない。でも宇宙人がいると仮定した場合、それ にどれほどの科学力や文化があるかはわからないからね。夢をのぞき見しながら適度に痛覚やなんかを脳に情報として送り込んでるのかもしれない」
「怖い…もしそれが本当だとしたら…」
「大丈夫だよ…そんなこと…」
「あるわけない…って言いたいの?残念だけどこの理論はどうやっても否定しきることができないから恐ろしいのよ。どうしても証明することが…できないの」
「でも…もしそれが本当だとしても…俺たちはどうすることもできないわけだろ?」
「そうよ」
「じゃあ…本当じゃないとして生きるしかないじゃないか…」
「だから、最初に言ったじゃない。冗談としてとれって。本気にするとあぶないって」
「…はは…清花…たまにしゃべったと思ったら冗談ちょっとキツすぎるぜ…」
義晃が顔を引きつらせながら笑った。
「哲学かなにかでそういうのがあるんだって。『地球は昨日できたものだ。私たちの記憶は植え付けられた仮想記憶だ』って言われたら否定はできない…なにをもってもそれを証明することはできない」
「なるほどね…」
「俺には絶対むかねぇな…哲学…」
義晃が言った。
伸也と香苗は笑った。
そして、清花も少し笑った。
香苗は知っていた。
清花の手首にかすかな切り傷のあとがあることを。
『証明』の方法はあるのだ。
清花がそれを実行しようとしたことはあきらかだった。
帰り道、香苗は他のふたりに聞こえないように、こっそり清花に言った。
「生きていることを『証明』するために自殺するなんてばかげてるよ?清花」
清花は反射的に自らの手首に触れた。
「……もうしないよ」
照れたように言った清花を見て、香苗は笑った。
帰り道を夕日が紅く染めていた。
清花はこの夕日は本物なんだろうかと思っていた。
「……ま、いっか」